ミユキとコウ
並列する世界、もう一つの世界のほうの承です。
「あなたたち、またコウのことをいじめて!」
肩まで伸ばした烏の濡れ羽色の髪を振り乱し、少女は覆い被さるようにして、倒れこんだままうずくまる少年を庇う。そして、先ほどまで殴る蹴るの暴行を加えていた青年たちを、黒曜石のような美しい瞳で睨みつける。
「またお前かよ、ミユキ! なんでそんなつまらない奴を庇うんだ!」
飢えた狼のように目をぎらつかせ、少女に食ってかかった青年は、ずいと進み出ると、拳で平手を打ち鳴らす。うっすらと汗の滲む丸太のような腕はどうしても、少女の庇うその少年を殴りたくて仕方ないようだ。
「ノリオ!」
男性と見まごうような、刈り込んだ赤い髪の女性が、青年の打ち鳴らした拳を抑え、まるで飼い犬を叱るかのように鋭く青年を制する。うずくまるミユキ達よりも、そしてノリオと呼ばれた青年よりも高い所から見下ろすその視線は、強い侮蔑の色を帯び、周囲に撒き散らされる。
「何で止めるんだよ、ミドリ!」
ミユキ達とも、ノリオともまともに目を合わせようとしないミドリは、踵を返して歩み去っていく。仲間とも子分とも取れるノリオすら、彼女の関心外といわんばかりだ。
ノリオは舌打ちすると、一度だけコウに憎悪の視線を送る。
(今回は見逃してやるぜ……!)
その目はそう物語っている。
「大丈夫?」
『危機』がこの場を去ったことを見届けた少女は、心配そうにコウを覗き込む。
「あなたにも問題あるよ、コウ。いちいち彼らの癇に障るようなことをいうから……」
一瞬、二人の視線が重なり、絡み合う。
ほんの数瞬後、間に耐え切れなくなったコウが、大丈夫だと意思表示をすると、少女はコウの側からスッと離れる。その表情には、明らかにある種の当惑が浮かんでいる。それは狼狽……。
少女のその行動が、コウにある自信を持たせることになる。
(ミユキのあの表情……。ミユキもボクに興味を持ち始めたのではないだろうか?)
コウは改めて、白い肌の美しい少女の表情を覗き見る。だが、彼女の表情からはなにも窺い知ることはできない。思い切って声をかけようとするが、彼が口を開こうとしたその瞬間、彼女は闇の中へと駆け出していく。
コウは未幸に恋焦がれていた。
最初はその容姿に。次にそのやさしさに。そして、その強さに。
潤んだその黒瞳は、やさしく、恐ろしく、暖かく、そして深い。あたかも南国の真夜中の海を思い起こさせる。天使のささやきのように耳に心地のよい声を紡ぐ、薄く引き締まった唇は、意志の強さを物語っている。そのしなやかな肢体には、彼しか知らぬ、幼少の頃の忌まわしい記憶が刻み込まれている。
未幸は覚えていないかもしれないが、彼はその時から彼女を見守っていた。彼には、彼女の全てを知っている自負があった。同時期に知り合った、ミドリよりも、ノリオよりも、そして、彼がもっとも敵視するサトルよりも……。
普段は、彼女はコウを気づかないフリをする。
彼女がコウの側にくるのは、みなが寝静まった夜だけだ。そのとき、彼女は彼に全てを許す。コウは、幼少時の心の傷を撫ぜ、彼女を癒そうと試みる。彼は今まで、彼女を陰から支えることに徹しようとしていた。
背は低い。髪の毛はぼさぼさでフケまみれ。全体的に爬虫類のようなイメージを与える顔は、お世辞にも美男子とはいえない。常にノリオたちにいじめられる日々の生活は、彼の言動をより卑屈にし、更なるいじめを招く。
そんな自分を彼は憎み、毛嫌いしていた。
だが、彼の中で何かが変わる。彼女が以前見せた表情が、彼にこう思わせたのだ。
「ボクが、彼女の中で一番になりたい……」




