終焉
主人格を消し去り、第一位になったコウ。コウは今後どうすればいいのでしょうか。自分がこの立場だとぞっとしました。
駆け上がってきた母、幸子に激しく揺さぶられて、未幸は目を覚ました。
「未幸? 大丈夫? またうなされてたわよ」
ベッドから上半身を起こしたものの、まだいまいち頭が目を覚ましていないらしく、しばらくボーっとする未幸。深い眠りの最中に起こされたせいだろうか。
「今回は、怪我とかしてない?」
まだ頭が呆けている未幸の頭のてっぺんから足の先までを手で撫ぜ、傷がないことを確認する幸子。やがて、大きく安堵のため息をつくと、未幸の背をぽんと叩く。
先ほど、未幸を寝かしつけてから十分弱。かつて、この家に響き渡った悲鳴は、数ヶ月前の未幸の重傷を思い出させるのに十分だった。だが、今回は何も起こっていない。
「どうする? 朝ごはん、食べる?」
娘の体に異常がないことを確認し、安心した母の問いかけに、未幸はゆっくりと頷く。
「じゃあ、下に下りてきてね。ご飯、もう一度温めなおしておくから」
手を振る幸子が扉を閉めると、未幸はゆっくりと立ち上がる。ふらふらとした足取りで、ベランダのほうに近づいていく。
窓を覆った、白く花柄をあしらった薄いレースのカーテンを右手で少し開け、窓の外の様子をうかがう。
窓のすぐ外にはベランダがある。そして、ベランダの陰に隠れた一階の庭の一部が見える。垣根を隔てて、未幸の視界を横切る道路には、会社へと急ぐサラリーマンや、プールへと急ぐ小学生が駆け抜けていく。
「夢……?」
未幸は、窓の上の壁に設置された、クーラーの風で乱された髪をかきあげながら、呟く。
「夢……だった? 今までのことは全部……?」
じっと外を見つめていた未幸は、窓に、かすかに自分の姿が映っているのが見えた。
見慣れた顔。どこにも異常はない。
「……昼間は初めて……」
灼熱の太陽の下、未幸は制服に着替え、誰もいない高校に登校する。
校庭の端に植えられた何十本もの桜の木で、アブラゼミが狂ったように鳴いている。まるで、彼女の心の声を、誰かに伝えようとして。
愛していた存在を、自分の手で消してしまったことへの激しい自責の念。これから感じるであろう、たくさんの人たちから、未幸へもたらされる愛情が、決して彼女の元に届かないという憐憫。
瞳から一筋の涙が流れ落ちる。
「僕は、確かに一番になりたかった……。でも、こういう形でじゃない……。ごめんね、ミユキ。僕が君でい続けることは出来そうにない……」




