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自作自演  作者: かえで


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10/14

見えない悪魔

原稿での転に入ります。ここから、未幸は自分の中に巣くう悪魔と対峙していきます。

 金曜日の夜だからだろうか。いつもより繁華街に出ている人間は多い気がする。

 かつては夜通しの週末を楽しむことができた。しかし、眠らない町兜町でさえも、不況のあおりを受け、日帰りがメインとなり、その宴も終焉の方向に向かっている。

 終電の時間も近い。

 誰が促すでもなく、人の波は駅へと向かって流れ出す。それはちょうど、水が高いところから低いところに流れていくかのようだ。

 自分の意思に反し、未幸は深夜の繁華街を歩いている。

 何十人、何百人、何千人という人間が、彼女の横をすり抜けていく。

 ちょうど、彼女は人の流れに逆らう形で歩いている。駅に向かって歩く人間にとっては、未幸は歩くのに邪魔な存在でしかないのだろう。すれ違う人間によっては、露骨に未幸に嫌な顔を向ける者もいる。

 だが、そんな人間を意に介すことなく、彼女は進み続ける。彼女の視線は、彼女の十数メートル前方を歩く中年のサラリーマンに固定されている。頭は薄く、猫背になっている彼は、おそらく家でも邪魔者扱いをされているだろう。非常に疲れきっている感じだ。

 サラリーマンが、ふと人の波を避けるように横に逸れた。繁華街の一本内側の、風俗店がメインの通りに抜けようというのだろう。

 未幸も、サラリーマンについて裏通りに入っていく。

 裏通りはネオンの光の洪水だ。原色のネオンが、無秩序な湖水の流れのように激しく動き回る。

 路傍に立つ呼び込みの男たちは、しきりに動き、大声でわめきたて、客集めに奔走するが、その様はまるで、光に溺れ、助けを求めているようにも見える。

 一瞬の快楽に惑溺する客たちもまた、光の洪水の犠牲者だ。洪水に押し流され、たどり着いた岸によっては、全てを搾取され、場合によっては命の危険すらもある。

 未幸の追うサラリーマンも、光の波に押し流されていく。彼を助け上げようと手を伸ばす人間は数多くいるが、流される彼の手をうまく捕まえられる者はいない。

 未幸は、スッと彼に近づき、救いの手を差し伸べた。

 サラリーマンは、純朴げな未幸に、一瞬驚いたが満足げに頷き、彼女の手をとると歩き出す。

 獲物を奪われた岸辺の虎が、未幸に食って掛かろうとするが、未幸は振り返りもせず、男の顔面を激しく打つ。未幸の一撃は男の顎を直撃し、男は卒倒した。

 未幸には格闘技の経験はない。だが、そこが人体の弱点で、そこを一撃すれば女でも大男を一撃で倒せることは彼女自身知っている。

 彼女は、サラリーマンに気づかれないように、制服のポケットの中に、男を打ったレンチをしまいこむ。

 未幸はそのままサラリーマンに手を引かれ、ホテルへと向かった。

 彼女の腰に軽く手を回すようにサラリーマンは彼女を誘導する。サラリーマンは、未幸に逃げられてはたまらない、とでも考えたのだろうか。

 サラリーマンが決めたホテルのカウンターで部屋のキーを受け取った二人は、エレベーターに乗り、指定された部屋のあるフロアへと移動した。

 部屋に入るとき、未幸は部屋の扉が閉ざされないように、室内用スリッパを扉にうまく挟む。そして、上着を脱ぎ、ネクタイを外そうとするサラリーマンの背後にゆっくりと近づいていく。

 彼女は手にしたレンチを高々と掲げた。そして、彼女の意思とは無関係にそれは振り下ろされた。


「駄目ーッ!」

 未幸は、自分の叫び声で目を覚ます。その目覚めは、安らかとは程遠いものだ。

 まるでバケツの水を頭からかけられたかのように、全身びしょぬれだ。未幸は、激しいスポーツを終えた直後のように乱れる呼吸を必死に整えようとする。

 何度となく繰り返された深呼吸が徐々に必要なくなり、最後に大きくため息をつき、自分がベッドの中にいることを確認する未幸。

 先ほどまでの恐ろしい出来事は、全て夢なのだ。

 だが、一瞬訪れた安堵は、再び恐怖に変わる。

 未幸は、何かを思い出したようにベッドから飛び出し、勉強机の上に無造作に置かれた財布の中身を確認する。

 千円札が三枚。五千円札が一枚。そして、一万円札が三十二枚。

 まるでおぞましい昆虫を地面に叩きつけるように、未幸は一万円札を床に叩きつけ、それをじっと見つめた。

(な、なんでこんなことが……!)

 未幸は無声の悲鳴を上げ、そこにへたり込む。恐ろしさのあまり、震えが止まらない。泣いているわけでもないのに、涙が後から後から流れ出てくる。

 一体、なぜ夢で見たことが現実に起こるのか。

 一昨日は、深夜の兜町のデパートの宝石売り場で、ショーウインドウをバールで叩き割って、四十万円の札のついたダイヤの指輪を盗む夢を見た。そのダイヤの指輪は、未幸が数日前ウインドウショッピングで気に入ったものだった。

 昨日は、近所のコンビニに、サングラスとマスクをしたまま押しかけ、数万円を盗む夢を見た。店員がつり銭を渡すためにレジを開けた瞬間に、いきなり店内に飛び込み、有無を言わさず店員と客を殴り倒し、レジの金の一万円札だけをわしづかみにして逃げたのだ。

 そして今日。援助交際を希望する少女に見せかけて、中年のサラリーマンを誘惑した。その後、ホテルの部屋で、その男を背後から殴り倒し、財布の金を奪って逃げた。

 思い起こせばキリがない。

 夏休みに入ってからというもの、不思議な夢を見続ける。

 妙に生々しく、妙に記憶が鮮明。

 そして、その夢は、必ずといっていいほど、犯罪の類だった。

 暴行。恐喝。強盗。

 まだ、殺人だけは犯していないのが救いだった。

 夢に決まっている。ただの十七歳の少女に、そんな犯罪を毎日のようにこなせるはずがない。こなせるからこそ夢なのだ。

 だが。

 夢が明らかに、現実世界に影響を及ぼしている。

 最初は、朋子の言うとおり、夢をコントロールできれば、自分の思い通りになると、楽観的に考えていた。

 だが、今では、夢の中の自分は、完全に暴走している。現実世界の自分であれば、恐ろしくてやらないようなことを平気で行っている。まるで、夢の中で悪事を働く自分の体が、自分とはまったく別の人物に操られているような感じさえある。

 恐ろしかった。

 だが、未幸は誰にも相談できなかった。

 母は、実家に生活費を入れるため、必死に三つのパートを掛け持ちしており、とてもではないが、未幸の相談には乗れそうもない。祖母は朝から晩までパチンコ三昧。娘や孫のことより今日の確変や、回転数のほうが大事のようだ。祖父は、すでに遺影が仏壇の上に飾られている。

 彼は、学校の部活が忙しすぎて、最近は電話する回数すら減っている。

 洋子と朋子には、もう相談できない。

 一度、まだ事態がこれほど悪化する前に相談したことがあった。どうも自分の夢で見たことが現実に起こってくる、と。だが、二人は『予知夢』だと面白がっただけだった。夢がそこまで現実社会に影響を及ぼしているのは、未幸の思い過ごしだというのだ。実際、彼女たちに相談した時点では、手元に夢のかけらが残ることもなかったので、彼女たちがそう思ったのも無理はなかったかもしれない。

 そして、彼女たちは部活の真っ最中だ。時間を割いてもらえるはずもない。

 未幸は顔をあげ、窓の外を見た。

 夏休みももう中ごろだ。

 窓の下を近所の小学生数人が、水泳の道具を持って、楽しそうに歩いていく。

 未幸は、我に帰って、部屋中に飛び散る一万円札をかき集めた。そして、部屋にあった髪の毛を止めるゴムで束ねると、押入れを空け、押入れの天井にあるわずかなスペースに押し込んだ。

 ここには、今まで夢で盗んだワンピースや、宝石、札束などが全て隠してある。いつかここにあるものを処分しなければ。

 未幸は、親に見つかってはいけない点数の悪いテストを隠すかのように、押入れの天井を元に戻し、押入れを締めた。

 母親が未幸を起こしにきたのは、その直後だった。


 未幸が、自分の意思に反し、犯し続けている犯罪のレベルは、日に日に増してきている。

 ついこの間までは単なる窃盗が、今では強盗に発展している。おそらく、彼女同様、彼女の見た夢が、現実に起こっている人間がいるだろう。それが、彼女にレンチで頭を強打されたサラリーマンであり、顎を打たれた呼び込みの男だ。

 新聞には、呼び込みの男の件は出ていなかったが、ホテルでサラリーマンが援助交際をしようとした女子高生に襲われる事件は、三面記事の下のほうに小さく出ていた。

 やはり、あの事件は実際にあったのだ。

 自分には、夢で見たという記憶しかない。だが、確かに記憶はあるのだ。ホテルの一室で、男の後頭部めがけてレンチを振り下ろした、恐ろしい記憶が。

 そして、彼女が見た夢の事件は実際に起こっている。しかも、夢を見ている時間帯に起きている。

 となれば、眠っているうちに、彼女の体が勝手に動いて事件を起こしている、と考えるのが妥当だ。もう、自分とは無関係だとは言っていられない。

 一体どうすればいい?

 このまま生活を続ければ、彼女は、彼女の知らぬところで犯罪行為を続けるだろう。そして、いつか自分の知らぬところで、取り返しのつかぬ犯罪を犯すことになるだろう。ドッペルゲンガーが自分の知らぬところで大罪を犯すように。

 彼女は、夢の中で彼女を操る得体の知れぬ存在を相手に、戦うことを決意した。

 とはいえ、未幸は、突飛ともいえる自分の考えを、にわかに信じられなかった。

 自分の体を、得体の知れぬ何者かが、彼女自身が眠っている間に操り、悪さをしているなどとは。

 状況証拠は確かに、未幸の考えを裏付けるものではある。だが、信じられなかった。というより、信じたくなかった。

 未幸は、得体の知れぬ何者かと戦うに当たって、まずは、自分の中にいるかも知れぬ別の存在を映像にとりたかった。戦う相手を一度実際に見ておきたかった。そうしないと、自分の突飛とさえ言える考えを信じられなかった。まずは敵の存在を確認するしかない。そう考えたのだ。

 最初は、寝る間際にビデオカメラをセットしておいて、自分が動いている所を録画しようと思った。だが、未幸の睡眠中に、絶え間なく回していられるテープは存在しない。

 その次に考えたのは、四肢をロープで結んでしまうことだったが、一人で四肢をベッドにくくりつけることはできない。

 彼女は、眠らないことで、『それ』に対決を挑んだ。

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