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自作自演  作者: かえで


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忌まわしき記憶

十数年前、投稿しようと推敲していましたが、当時感熱紙投稿は読んでもらえないことを知らず、一次にもかからず落ちてしまった作品です。

文章を書いてほかの方と感性を共有したい、と思い今回投稿してみました。

まとめてアップロードも考えてみたのですが、推敲しながらということで、ちょくちょく入れていきたいと思います。

 母親は、目線を合わせるために、幼い女の子の前に膝をつく。そのために膝が汚れることなど全く気にならないようだ。

「未幸ちゃん、いつもママは駄目って言っているでしょう?」

 母は、頭を抱き寄せるように撫ぜながら、諭すように語りかける。

 だが、慈愛溢れる母親と対照的に、幼女は体をこわばらせ、何かに怯えるようなしぐさを見せる。目が泳ぎ、しきりに母親の一挙手一投足から、母親の意図を読み取ろうとしているのが見て取れる。

 そんな愛娘を見て、いとおしそうに微笑んだ後、母は耳を娘に傾ける。

「……」

「え? なに? もう一度言ってみて?」

「……」

 母親に両肩を抱かれた娘が何かを口にした瞬間、目の前の聖母は悪鬼に豹変する。

 少女を包んでいた母のぬくもりは、打擲のための道具となった。慈しみの言葉を紡いでいたその口は、娘の体も心も切り刻む呪いの刃を吐き出した。

 母親は、娘の口答えが許せなかった。意思を持って自分に抗う娘が、言い訳をしてはあちこちで愛人を作る夫に重なる。口答えをするときに少し尖らせる薄い唇。その直前に一瞬つり上がる双眸。口答えの最中に大きくなる声。そのどれもが、かつて愛した憎むべきあの男と瓜二つだ。

 あの男と離婚が成立して一年半。ようやくあの男の影におびえる日々も忘れ掛けてきた。だが、それをまざまざと思い出させるのが、口答えをする愛娘だった。

 都合の悪いことを指摘されると、狂ったように暴力をふるう夫に対しての、歪んだ復讐なのだろうか。彼女は執拗なまでに娘を痛めつけた。

 ある時には、力任せに張り飛ばした。倒れ込めば、何度となく踏みつけた。手にしていたタバコを体に押し付けたのも一度や二度ではない。

 幼い娘は、自分が一体なぜ怒られているのかわからなかった。しかし、その理由を知ろうとは思わなかった。

 彼女にとって、母親は絶対の存在だった。

 母親が怒るからには、彼女に怒られる原因がある。母親が彼女を殴るのには、彼女に殴られる原因がある。

 そう思っていた。

 ただ、叱られる理由が自分にあったとしても、ずっと殴られ続けていることは嫌だった。怒り狂う母の暴行を一刻も早く終わらせたかった。

 いつしか、未幸と呼ばれる幼子は、悲鳴をあげることなく、体をだんご虫のように丸め、ただただ与えられる仕打ちに耐えるようになっていた。自分の悲鳴が更に母を狂わせることを、なんとなく悟りはじめていたのだろうか。

「ごめんなさい……。ママ、ごめんなさい……」

 彼女は、意味もわからぬまま呪文のように謝罪の言葉を呟いた。そうすることで、理不尽な母の攻撃が収まることを祈って。

 赤い命がさらりと鼻腔から滴り落ちる。腹を蹴られて咳き込む口からも、鮮血が溢れ出す。幼女の柔らかな肌に悪魔が青い噛み傷を残す。

 突然悪鬼は母親に戻る。娘の祈りが届いたのか。

 母は、悲痛な声をあげると、涙で顔をぐしゃぐしゃにぬらしながら、幼女を強く抱きしめる。

「ごめんね。ママが悪いの。ごめんね。どうしてママは未幸をひどい目に合わせてしまうのかしらね。ごめんね」

 抱きしめられた娘は満足げに微笑んだ。

 やっと母親が許してくれた。悪い自分を許してくれた。理由はわからないが、激しく打ったあとの母親は、すごくやさしい。

(よかった……)

 コウは、安堵の溜息を漏らした。

 やっと母親の暴行も収まった。とりあえずは一安心だ。

 コウは物心ついたときから、常に女の子が暴行を受ける様を目の当たりにしてきた。というより、暴行を受けているところ以外を見た記憶がない。

 いつかあの女の子を自分が助け出してやるのだ。

 そんな気持ちが彼を支配するのにそれほど時間はかからなかった。

 コウは安心すると眠くなる。コウは、女の子が母親に抱きしめられている様に胸を撫で下ろすと、眠りの世界へと転がり落ちていった。


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