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第二十話「国外を目指して」

鳥の鳴き声で目が覚めた。すぐ隣にはレイノアが寝息をたてている。

この風景が、こんなにも愛しいというのは、一度失って初めて気づいた事だ。

「ん…」

ずっと顔を見つめていると、もぞもぞと体を動かしてレイノアが薄目を開けた。

「レイノア…今日は俺が先のようだな」

「ん〜…悔しい〜」

レイノアはベッドからのそのそと起き上がると、服を着替え始めた。

クレイスも新しい服に着替え、上から洗濯された黒いコートを羽織った。

「クレイスー」レイノアが声をかけてきたのでクレイスは振り向いた。

「ぶっ!」

レイノアは上半身裸でブラジャーを胸の前で二つぶら下げている。

「どっちにしよう〜?」

「どっちも黒だろうが…」

「いやいや、こっちは薔薇柄、こっちが…何これ…なんかチューリップみたいな」

「ユリだろ…どう見てもチューリップには見えんぞ…それは…」

「ねえねえ、どっちにしよう〜?」

「…」クレイスは真剣に悩んだ。「…もっと子供っぽいのは無かったのか?」

「…はい?」

「レイノアはあれだ、下着にも悪魔の羽を着けるべきだ…どう思う?」

「それには賛成だけど…何て言うか…流石クレイスって発言だね…」

「…そもそも、下着選びに俺が付き合うことなんて無かっただろう?」

クレイスはカーテンの無い窓を睨みながらぶつぶつと言った。

「…!」レイノアは息を飲んだ「ク、クレイス!パンツも選んで!」

「それは無理だ」

「大丈夫!クレイスの残念すぎるセンス、私は大好きだから」

「妙に胸が痛いんだが…というか、そういう問題じゃな…やめろレイノア、わざと視界に入って脱ぎ始めるなっ!!」

クラシスに帰ってきてから早数日。

温度もそこそこ上がってきていた。

季節にしてこれから本格的に夏が到来しそうな初夏の頃である。

「あち〜」

レイノアがクレイスの隣をふらふらと歩いている。服は半袖だが、クレイスとレイノアのシンボルカラーは漆黒だ。

その為…夏は一番苦手な季節なのだ…。

「ロバート、生きてるか…」

食堂に入ってクレイスは呼び掛けた。

案の定ロバートとイーリスは折り重なってテーブルに突っ伏している。

「うお…クレイス〜…あちぃ、死ぬ」

ロバートの下のテーブルは何かをこぼしたような水溜まりになっていた。

…まずお前は鎧を脱げ…。

「駄目じゃ…ロバートの背中の盾も…ワシの熱で温かくなってきおった…」

…お前も浴衣をニ枚ぐらいにしろ…

「…で今日は何だ…お、アイスか」

クレイスが調理場を見て一言そう言うと、破壊音がしてフィアが調理場から飛び出してきた。

「くくくクレイスさんっ!な、何で調理場の中で何してるか分かったんですかっ」

もちろん食堂と調理場は別室。

カウンターなどもついていない。

「合ってたか…気配…いやもうこれは透視に近いな…」クレイスは考え込んだ。

エネミーとして蘇ってから、クレイスの得意技であった気配を読む力…

【アテンション・ブースト】

どうやらこれが強化されたようだ。

前回までは服の衣擦れ音等で外れることはあったものの大体相手がどんな服で、どんな顔なのかを推理していた。

だが今回は…なんと透視のように気配が全ての自称を脳内に形作る。

相手がどんな姿で、何をしているかを鮮明に把握することが出来るのだ。だが、相手が例えば…書いてある文字を見ている場合、文字に気配はないので見ることは出来ない。文字を書いている場合は分かるが…

と言うことで確かにほぼ透視に近い。

だが完璧な透視ではない、ただ気配が形作る輪郭だけの色のない世界が分かる。

それがクレイスの強化された能力だ。

「…内緒にしようとしてたのに…」

フィアは溜め息をついた。

「す、すまん!…この能力はまだ慣れなくてな…少し試そうと思って…」

「クレイスはアイス抜きだね〜」レイノアがいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「う…じ、冗談だろ…?」

クレイスは青ざめて言った。

「隊長ー」オムレツを食べながらロバートはクレイスに話しかけた「今日から移動を始めるのかー?」

「そうしようかと思う」

よく冷えたバターをトーストの上に落としながらクレイスは言った。

「帝国の基地をひとつ無力化しちゃったわけだから、結構私達はマークされているだろうなーと思う…まずは帝国領外に逃げるのが先決じゃないかなぁ?」レイノアはストローで水をすすりながら首を傾げた。

「とすると、最短距離なら『副都』を通ることになりそうじゃが…まぁ、あまりにも危険すぎるがのう」

「副都か…」クレイスは考え込んだ。「だが近場で海を渡ろうとするなら、副都の船か飛空挺ぐらいしか思い浮かばんな…」

「ここら辺の地域は俺様も詳しくないからな…」ロバートはおもむろに地図を取り出す「…確かに、副都以外なら山脈を越えなきゃ港は無いな…乗り物無しで山脈なんて越えられるはずないし…」

「歩くのは苦手なんですぅー」地図を見ながらフィアが泣きそうな声をあげた。

「まぁ恐らく向こうの村につく前に食料が底をついて、死人が一人二人は軽く出る可能性があるじゃろうな」

イーリスはミニトマトを舌の上で転がしながらモゴモゴと話した。

…あり得ない話ではない。

「とするなら…必然的に副都を通っていかないと国外逃亡のチャンスはない…」

クレイスはそう言うと立ち上がった。

口にはトーストをくわえている。

「クレイス〜行儀悪いよー?」

「少し調べものをしてくる」そう言うとクレイスは食堂を出ていった。

「そういえば…フィアちゃんって料理上手だよね!」レイノアがフィアに話しかけた「どうやったら上手く料理を作れるのかな?秘訣とかあるの?」

「わ、私は大した料理は作れませんよ!」フィアが慌てて首を振る「塩と砂糖だって…未だに舐めなきゃ違いが分かりませんもの!あれ…何ですかこの空気」

「なぁイーリス…塩と砂糖って舐めなきゃわかんねえよな?」

「おおロバートよ…ワシはわたあめ用のシュガーと岩塩なら見分けがつくぞ?」

「私もわからないなぁ…ねえねえ、他にどんな特技があるのー?」

「何か話の方向がずれていっているような気がするのですが…!?」

フィアは頭を押さえて縮こまった。

「案ずるな、いつもの事じゃ」

「…食事中に窓の外から合図を送っていたのが…まさかお前だったとはな…」

クレイスはホテルの近くの路地にいた男に声をかけた。

男はこのクソ暑い中で赤いマフラーを身に付けていて、鮫の被り物を手にこちらをひきつった笑みで見つめている。

食事中に窓の外から親指と人差し指を伸ばし銃を形作った右手で人の後頭部に銃を撃ち込む真似をしていたのだ。

本人にバレた場合、殺し屋相手なら間違いなく【ケンカを売られた】ことになる。

クレイスは男の襟首を掴み路地の奥へと引きずっていった。

「キャア!待テ!話せば分かるヨ!ごめんなさイ!許しテ!」

狭い十字路のゴミの山に男を放り投げると、クレイスは銃を取り出した。

「せめて…変身ぐらいはさせてくれヨ」この特徴的な話し方には聞き覚えがある。

かの連続殺人犯、マッドフィッシュだ。

だが鮫の被り物をとった彼は非常に気が弱そうな中年のおっさんだった。

「変身…じゃあやってみろ」

「よし…見てロ…」マッドフィッシュはクレイスの見ている前で鮫の被り物を華麗に装着した。「華麗に参上!正義とジャスティスなヒーローマッドフィッシュだ!しかしてその正体は…」

「さえない中年のおやじだったな」

クレイスはぐっさりと言い切った。

「…」マッドフィッシュは地面にギターケースを置いて…「正体だけにショータイム!!」

訳のわからないギャグを言って細剣二本で襲いかかってきた。

クレイスは問答無用で銃を乱射する。

「キャア!」

確かにこいつのステップはどうやら普通の人では消えたように見える。つまり人の死角に移動し続けるという独特の距離の詰め方を会得した強敵だ。

だが…そもそもクレイスは目で見てはいない。気配のある方向に撃っている。

決着はおよそ3秒でついてしまった。

「なかなかやるナ!だが、これならどうダ!…さあ、どうダ…!」

地面に押さえつけられ銃口を当てられてじたばたしながらマッドフィッシュはわめき散らしている。

「…」クレイスは呆れて銃を押し付け…

「キャアアア!お助けヲ〜!」

「そこまでだ!」

突然前の方で声がした。

クレイスが見上げると、メガネをかけた10才ほどの少年が小さな拳銃をこちらに向けて構えていた。

「サラム!やめロ!私は友人とじゃれているだけなんダ!」

いつの間にか友人にされている…

パァン!

「キャアアア!」

「いや、撃ったのはお前の連れだろ」

サラムと呼ばれた少年はまだ煙の出ている銃を握り直し、額に汗を浮かべてクレイスに再び狙いを定める。

「ワイダーを放せ…次は…当てるぞ…」

「…ふん」クレイスはマッドフィッシュからさっと離れる。

「ワイダー!」サラムと呼ばれたメガネの少年は、マッドフィッシュに駆け寄り、テを貸して立つのを手伝った。「さぁ、これでニ対一だぞっ…」

サラムはそう言うと銃を再びこちらに向けた。クレイスはため息をついた。

「俺ならあと一人スナイパーが隠れていたとしても普通に戦えると思うが?」

「くう…」サラムは唇を噛んだ。

「やめろサラム…こ、こいつは実は私が呼んだんダ。あー、我々の国外逃亡の手伝いを要請しようと昔のツテからナ…」

「…ケンカを売られたんだが?お前だって冗談でも銃口を突き付けられたら良い気分はしないだろう」

マッドフィッシュは真剣にクレイスを見つめ…そして突然、土下座を始めた。

「ゆ、許しテ!」

「…」もうなんだか…殺す気が失せた。

クレイスは大きな溜め息をつくと、マッドフィッシュを立たせた。

「かつてのS級の殺し屋も、ここまで落ちるとはな…」クレイスは皮肉を言う。

「違う」サラムはクレイスを睨んだ「ワイダーは生まれ変わったんだ」

「生まれ変わった…だと?」

「その通リ。かつての私は救いようのない狂人だっタ。この二本のサーベルで人の命を奪うことが使命だと思っていタ…」マッドフィッシュ…というよりはワイダーと呼ばれていたかつての殺し屋は言う。「でもそうじゃなかっタ。サラムと会ってから私は変わったのダ!これからは私の信じる正義の為にこの剣を振るうト!」

「クレイス〜何してるの〜?」

大通りの方からレイノアが現れた。

ワイダーがそれを見て硬直する。

「え?あああーー!!!?」

「ごめんなさイ!ごめんなさイ!」

ワイダーは地面に頭を打ち付ける。

「…知り合いだったのか?」

「知り合いも何も、この人のせいで私は一回死ぬ目にあったんだけど」

「…悪いな、お前らは残念だがどうやらここで死んでもらうしか無いようだ…」

「ヒイイ!」

「や、やってみろよっ!」

「でも…」レイノアは首をかしげた。「何か雰囲気が変わったような…」

「あぁ、お嬢さン!このたびはすまなかっタ!あれは過去の私なんダ!奴は死んだんダ!今の私は正義とジャスティスなヒーローマッドフィッシュなんダ…!」

「何だかよくわからないけど…頭がおかしくなったことは確かみたいだね…?」レイノアはワイダーにアサルトを向ける。

「わ、ワイダーに手を出すなっ!」

レイノアが銃口を向けたワイダーに立ち塞がるようにしてサラムが割り込む。

「…分かった」レイノアは銃口を下に向けると、クレイスの方に向き直った。「クレイス、最後の補給に行こう。多分副都じゃ買い物は出来なさそうだからね」

「あぁ。分かった…もう誤解されるような行動は慎むんだぞ。俺も少しイライラしすぎていたのかもしれん…」

クレイスはそう言うと謎の二人組に背を向けてレイノアと歩き始めた。

【続く】


はいどうも。

前回に引き続きケイオスです。

恒例の〔?〕次回予告をやってなかったような気がするので、やってみますね。


次回予告 担当 ロバート

国外逃亡は決行され、俺様たちは副都ソイヴェルムを目指す。

ソイルヴェルムは当然副都と呼ばれるだけあって帝国兵もわんさかだ。そんな中、

クレイスが出した作戦とは…?

そして明日のイーリスのさらし…

ドガアアァァァン!!

…………。

次回、「副都突破作戦」

次回もお楽しみに、なのじゃっ★


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