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記念日  作者: 那結多こゆり
4/4

4 -最終話-

「ねぇ、その前にあんたたちに言わせてもらうわよっ」


 その言葉に、森山さんが振り向いた。


「なにを?」

「まず、河西!」

「な、なんだよ?」

「あんたさぁ、森山さん一筋はわかったけど、そんなに疑いやすい性格だと、いつか災い起すわよ。気をつけたほうがいいんじゃないの?」

「お前に言われたくねぇよ。えらそうに、ばかじゃねぇ?」

「その言葉、いつまでもつことやら。……まあ、わたしには関係ないけど。忘れたかったら、すぐにでも忘れてよ」


 ふん、とそっぽを向く河西。


「利香、こいつのたわ言訊く必要ねぇよ。行こうぜ」

「う、うん」

「べつに訊かなくてもいいけど。森山さんてさぁ、拾ってもらってもお礼が言えない人なんだねぇ。まさか、そんなことないって思っていたけど、そういう人、すぐ近くにいたなんて驚きよ。あ、さっきの質問の答え。仕方ないから教えてあげる。あなたの言うとおり、彼氏いないわ。――ねぇ、森山さん。友達いないでしょ。あぁ、答えなくてもいいわ。だって、いそうにもないものね」


 かなり、大きな声で叫んだ。

 幸い、その間、人は通っていない。

 わたしが言った最後の一言で、背を向けていた森山さんの肩がピクンとした。


「ふざけんな、てめぇ!」

「いいわよ、敏之くん。――べつに、お礼を言うほどのものじゃないと思うけど。気にしているなら、言わせてもらうわ。どうもありがとう……これでいい?」


「ふーん。そういう考えだったんだ? お礼言ってくれてありがとう。もういいわ」

「何がいいたいの?」

「べつに。あなたに女子の友達がいない理由、なんとなくわかった。それだけのこと」

「? 欲しいと思わないから。作らないだけ」

「そう思っているならいいけど」

「んだとぉ。あやまれ」

「いいよ、敏之くん。もう、帰りましょう」


 そうか、と言って、二人は肩を並べて歩き出す。

 最後に森山さんが見せた、悲しげな表情がすこし気になった。

 数歩歩いたあと、河西だけが戻ってきた。


「おれも、言い忘れたことあった」

「なに?」

「利香を傷つけるなんて、最低な女だな。わかっていて言っていただろ! 明日、ちゃんとあやまれよ」

「あんたさ、自分の彼女だけが傷ついていると思っているわけ? おめでたいやつね。わたしだって、あんたや森山さんから受けた言葉に、どれほど傷つけられたかわからない。あぁ、わからないはずよねぇ。言っておくけど、わたしは絶対、あやまらない。それに、そんなに傷つけたというなら、公平にクラス全員にわたしたちが交わした会話を訊いてもらいましょう。どう?」


 反撃してくる様子もなく、ただ、河西は黙ってわたしを睨みつけていた。


「もう、あやまらなくてもいい!」


 そう言って、クルッと体を動かして、わたしから離れようとする。


「お前みたいな女、はっきりいって、顔も見たくもねぇよ。うざすぎっ!」

「……気が合うじゃないっ。わたしもあんたと同じよ!」


 あぁそうかよ、眉間に皺を寄せて怒りがフルパワーのような顔で、河西は走っていく。

 そのまま、二人はその場にいることを嫌うかのように、猛スピードで駆け出していった。


 なんだったのよ、もう……。


 一人残されたわたしは、なんだか途方もなく悲しみ色に染まってしまう。

 元はといえば、生徒手帳を落とした森山さんが悪いのよ。

 拾ってもらえば、お礼を言うのは礼儀。

 なのに、森山さんは、『そこまですることはない』と言った。

 その考えが、友達つきあいをだめにしてしまうって、わからないのかしら。

 友達が欲しくないって、本人が言うんだから、わたしの知ったことじゃないけど。


 それにしても、河西!

 なんで、わたしをあんなに疑うんだろう。不愉快すぎっ。


 雨?


 わたしは空を仰いだ。どんよりとした雨雲が空一面を覆っている。遠くの山の方は、かすかに灰色に混じってオレンジ色が保たれていた。


「はぁ」


 吐いた息は、空気中で消えてなくなる。

 突然、わたしの脳裏によぎった言葉。


『お前みたいな女、はっきりいって、顔も見たくもねぇよ。うざすぎっ!』


 河西の去り際のひと言、すごく傷ついたよなぁ。

 けど、あいつの表情。 ……あからさまに嫌な顔していたよね。


 そういえば、男子たちと言葉を交わすと、だいたい、最後って河西と同じようにするよね。なんでだろ。

 わたし、もしかして、男子たちに嫌われてる? たしか、河西言ってたよね。わたしに苛立ちを覚えるって、 ……でもどこで?


 なんだか、とてつもなく不安に駆られた。

 頭に入りきれないほどの疑問や考えていることが交差して、 どれも答えを探し出せない。


「……やべー。こんなに濡れたちまったよ。あれ? 伴野ぉー」


 足音が近づき、わたしの横で止まる。隣を見ると、同じ班の下北沢しもきたざわだった。野球部の彼の頭は、毛がなく地肌がまるだしだ。左右がつながっている眉毛を上下に動かしながら、わたしを見る。


「どうしたんだよ。こんなに悠長に歩いていたら、ずぶ濡れになるぞ」


 え!!


 一瞬、心臓がドクン、と高鳴った。


 この声……。河西と似てる。ま、まさか……。


「……あ、う、うん」

「え……、め、珍しいな、お前」


 いきなりそう言われ、頭の中でハテナマークが踊り出した。


「なにがよ?」

「お前らしくないな。いつもならうるさいとか……そんなふうに答えるじゃん」

「え?」

「おれにつっかかってくるだろ。ま、おれ以外の男子にもそーだけどさ」


 ……! わたし……。


 自然に下北沢を睨んでしまった。


「お、怒るなよ」

「怒って、いないわ」


 と言葉に出しても、わたしの口調は怒りが込み上げている感じになってしまった。


「そ、そうか。走って帰らないとカゼ引くぜ。あ、コンタクト……もう、落とすんじゃねーぞ。……じゃあな!」


 そ、そんな……あの時の男の子は、下北沢だったなんて。だけど、河西じゃなくてよかった、そう思った。


 ……。


 ……わたしは女の子に対して、自分をありままに出し、その子と違う意見だったら、断固として主張を翻さなかった。男の子に対しても……。たぶん、自分を知ってもらいたくてアピールしてたと思う。わたしは、こういう女の子なのよって。それが、男子たちにとって、うるさい女とかイライラさせる女と思われていたんだ。……初めて気がついた……。


 ……。


 下北沢や河西に言われたことで、自分のことが少しだけわかった様な気がする。


 次第に雨は強さを増し、わたしの制服は水分が吸収しきれなくなっていた。スカートからはポタポタと水が落ち、クツの中では水溜りのようなものができているのか、歩くたびに音が鳴っていた。 ショートヘアーの髪からは、濡れて頬や耳、首にも水滴が絶え間なくたれてくる。


 いつものわたしなら、男の子から頭に来ることを言われたとしても、勝手に言っていればいいわ、程度に思うだろう。だけど、どの位置かはわからないけど、心の中が痛い。


『お前みたいな女、はっきりいって、顔も見たくもねぇよ。うざすぎっ!』

 もう、何度も頭の中で思い浮かべてしまう言葉。


 だけど、ホッとしてる。

 あの時の男の子が河西ではなかったから。下北沢……だったんだよね。よかった。


 だけど、どうしてだろう。

 いまいち自分の心がわからない。下北沢も気になりはじめているけれど、嫌いになったはずの河西が頭の中から追い出せない。あれだけ、冷たくされたのに……。


 わたしの中で、色んな思いがかけめぐる。


 ピーポー、ピーポー、ピーポー……


 けたたましいサイレンと共に、わたしの横を救急車が通りすぎる。

 水溜りに入ったタイヤが、水をはねた。


 ビシャーン……


 わたしの左足のひざ下あたりに、冷たいものが引っかかる。

 でも、見る気にもなれなかった。どうせ、砂でよごれているくらいだもの。


 ……いつものように、軽く考えられない。

 人からどう思われようと関係ないなんて、もう思えない……。


 じゃあ、どうすればいい?


 雨に濡れながら、自分のことを考える。

 なにも、思い浮かばない。

 だけど……、今日は、記念の日と言ってもいいのかもね。わたしのことが、少しでもわかった日だもの。


 ……雨、か……。


 わたしは、空を見た。見上げても、あるのは灰色に塗られた空だけ。 目薬をさしているみたいに、雨がわたしの目の中に、何度も入ってくる。

 空から目を離し、まっすぐ前を向く。

 森山さんたちの姿は、もうどこにも見あたらない。

 耳を澄ませると、うしろからだれかが歩いてくる足音が聞こえた。


 なにを迷っているのよ。わたしったら……。


 悪いところがあれば、直せばいいんだ。

 そして、河西……ううん、下北沢に、好かれるように少しずつがんばればいい……。

 そう結論をだして、わたしは走りだした。


 遠くから、季節はずれの独特な声がスピーカーから流れていた。

「石焼ーきいも、おいもー……」

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