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記念日  作者: 那結多こゆり
1/4

 だれもいなくなった教室の中で、わたしはあせっていた。見えなくなった視界で、床にひざをつきぞうきんがけをするように探していた。


「なにやってんの、お前」


 足音が聞こえ、わたしの頭上で声が落ちる。

 顔をあげ、だれなのかと見たけれど、ぼやけてしまってわからない。ただ、声で男の子だというのは把握した。


「あ!」


 途端、はっとする。どこに落ちたのかわからないそれを踏まれたら大変だ。


「な、なんだよ」

「ばかっ。そこから動かないでよ」

「もしかして、コンタクトでも落としたのか」

「そうよ。だから、動かないでって言ってるじゃないの」


 クククッ、と笑い声が聞こえる。彼は、いつのまにかわたしの目の前に屈んでいた。


「なによ」

「ピリピリするなよ。ちょっと動いちゃだめだぜ。お前の上着のポケットについてるから」

「え?」


 彼は、わたしの目の近くで自分の指先を見せた。そこには、なくしたコンタクトがピトリとくっくいている。


「あ、ありがとう」


 わたしは、彼の指からコンタクトを受け取った。


「じゃあな」


 そう言って、彼は教室から出て行った。廊下から、もうひとりの足音が聞こえた。


「おーい、河西かさいー」


 もしかして、いまのは河西? そっか、河西が助けてくれたんだ。それから、わたしは彼のことが気になりだした。だけども、彼の横には森山さんが側にいた……。


 近くの空ではオレンジ色が、遠くに見える山の向こうでは濃い灰色が広がっている。

 学校の帰り道、仲の良い美由紀ちゃんと途中まで一緒に帰るのがいつものパターン。


「……でね、いまちゃんに折りたたみのカサを貸してあげたの。彼女、わたしっちの近所でしょ。そしたら、今ちゃんの家に着いたら、いきなりわたしが貸してあげたカサをよこしたのよ。ひどいと思わない?」


 美由紀ちゃんはそう言うと、わたしに意見を求めた。彼女の左肩にあるバッグの取っ手には、小さな猫のキーホルダーがついていて、歩くたびに鈴の音が聞こえる。


 なんで、ひどいのかしら? カサを借りて返すのはあたりまえでしょ。


「どうして、ひどいの?」


 わたしの言葉に、 美由紀ちゃんは落胆した。


「だって、カサは今ちゃんが差していたから濡れているのよ。わたしだって、カサを持っていたし。やっぱり、乾かしてから返えしてほしかったのよ」


 えー、そうかなぁ。べつにそのまま返してもいいと思うんだけどさ。

 美由紀ちゃんは、ムッとした表情だった。


「もう、りょこたんだって、わたしと同じ立場だったら頭に来ると思うわ」

「そうかなぁー。わたし、今ちゃんと仲良くないし……。カサなんて、貸さないもの」


 あきれたような瞳で、美由紀ちゃんはわたしを見ると、深いため息をついた。


「そういう意味じゃなくて、たとえばの話。今ちゃんとりょこたんが仲良かった場合よ」


 美由紀ちゃんは、バッグについている猫のキーホルダーを握る。途端、鈴の音が耳に届かなくなった。


「だから、わたしは今ちゃんとあまり話したことないし、たとえばって言われてもわからないわよ」


 あーあ、美由紀ちゃんって時々へんなこと言うのよね。こんなことを話して何があるのかしら。


「そうよね。ごめんね、りょこたん」


 美由紀ちゃんは、つぶやくように言った。


「うん、いいよ」


 あやまるくらいなら、最初から言わなければいいのに。美由紀ちゃんって、つまらない話することあるのよねー、まったく。なんかいい話でもないかな。あ、そうだわ。


「今ちゃんのことは、もういいじゃない。それより、今日のドラマいいのあるよねー」


 美由紀ちゃんは、ブスッとした顔だったけど、 ドラマと聞いて彼女は明るい表情になる。彼女は、ドラマ好きで語らせたら何時間にも及ぶ。


「そうよね。今日はなんてったって……、あー、もうここに来ちゃったわ。りょこたん、あしたこの続きを話ましょうね」

「うん。美由紀ちゃん。バイバイ」


 Yの字の交差点で立ち止まると、美由紀ちゃんは右へ、わたしは左の道に別れて進む。

 別の道から、美由紀ちゃんが持っていた、猫のキーホルダーについていた鈴によく似た音が聞こえた。

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