秋雨
君はあたまにおはなが咲いているみたいと言われて、あたしはごそごそと手のひらであたまに咲いているというおはなを探してみたのだけれど、どうしてだか見つけられない。
ねえとって。
君はおひさまみたいなえがおに雨のひみたいな灰暗さを覗かせるから、あたしはどうしてだかおなかが痛くなるのです。
お腹はすいてないみたいなのにおかしいな。
埋もれるような藁の山からわっせわっせと抜け出して怪我をしていないか確かめていると、君が格子の隙間からあたしのあたまをなでて、部屋を出て行った。
あたしはぽつり、ひとりぼっち。
ふたりぼっちの部屋とひとりぼっちの部屋はまるで別世界みたい、広々と狭く、寒々しい。あたしは身震いして、藁にもぐりこむ。
さみしいけど、さみしくないよ。こうやって眠って、また起きたときには君がいてくれるもの。
どんぐり、すき。
藁、すき。
君、もっとすき。
あたしにはパパからもらったれっきとした名前があるのだけど、君があまりにもあたしのことをリラって呼ぶものだから、もうリラでいいかなぁ、なんて思うのです。だけど、ほんとうは君にもあたしのほんものの名前を呼んで欲しい。とてもとても残念なことに、そのほんものの名前ってやつを、どうしてかすっかり失念してしまったんだけどね。
そんなことを思ったのは、君がまたあたしをリラって呼ぶから。
どこから? 上から。
あたしは藁の中で寝入っていたことを思い出し、そんなことを考えながらもぞもぞと這い出して君を探した。
寝ぼけ眼で君を見つけられなくても、ほんものの名前ってやつをド忘れしちゃっても、あたしは君の匂いを忘れたりはしない。
しないと思う。
……自信はない。
予想外に君の匂いがとても近くて、あたしはドキリとして固まった。
両手でそっと持ち上げられるあたし。
やだ、寝る前にどんぐりかじったばかりなのに。重くないかしら。もっと普段からみだしなみってやつに気を配ってればよかった。
なんて後悔はしない。
森にいたころからボーっとしてるって言われてたあたしだもの。さすがに汚れっぱなしのエプロンは、もうつけたまま外出したりしないよ。あのときの屈辱は忘れない。とはいえ、あの男たちはあれから見たことがないから、正直言えばそろそろ忘れちゃいそう。
藁の外は少し寒くて、あたしは君の手のひらで丸くなる。
あったかくて眠くなっちゃうけど、君の前で惰眠はむさぼれません。
なんて思って目を開いて驚いた。
今までで七番目に一番驚いたと言っても過言ではない衝撃。
ここに連れられてきたとき以来の外の光景に、あたしは期待よりも不安を覚えた。
あたしをどこにつれていくの?
あたしの問いかけに君が、少し沈んだ声で言った。
ういじんってやつにいくのですって。そこって、どんぐり食べれる?
あたしもよく知っている場所といえば、あたしの住んでた森くらいでしかどんぐりを見たことないわ。
森にういじんに行って、どんぐりたべほうだい!?
あたし、君に一生ついていくわ!!
やっほー! みんなげんきー? あたしだよー! お、ぼーやちっこいのにえらいね、運搬のお仕事かな? や、やだあんまり見ないで! 恥ずかしい!
あたしがきょろきょろと目を輝かせていると、君があたしの背中を爪先で掻くものだから、あたしもついつい身をよじって少々痒い場所に誘導させていただいちゃったり。
ほら、あたしってばついにあの狭いお部屋の脱出を果たしたのはいいものの、それからお外に出してもらえることは増えたもののお部屋が変わって、大好きな藁の山がなくなっちゃって困ってるのよね。あの上でごろごろーってすると痒いとこもすっきりなんだけど、いくらあたしが訴えても君はわかってくれなくて、まぁ君がよくおひざのうえに乗せてくれるからその間に挟まって寝るのも結構すきなこともわかったし、ゆるしてしんぜよう。うむ。
なんて居丈高に胸をそらしていると、せっかく君があたしにくれたエプロンがぽとり、くびちょんぱ。
人間ってば、どうもこう手先が不器用なのよね。
あ、君の事悪く言ってるわけじゃないのよ! ほんとうよ!
うーん、自分のエプロンくらい、道具をくれたら自分で作るんだけど……あ、エゾリス族用のサイズでお願いします。人間用なんて重くて持てないし。
などとつらつら考えながら解けた紐を結びなおして首から提げる。
別に素っ裸でもあたしは恥ずかしくないのよ?
でもほら、あたしの裸を見て、もし道行く男どもが欲情しちゃったら夜が大変でしょう?
いや、うん、詳しくはよく知らないんだけどね。
昔馴染みのチュピチェが言ってたことの受け売りなんだ、ごめん。
でも大変なことになっちゃったら大変でしょう?
だからあたしはきちんとエプロンをつけるの。かーっ! やっぱりできる女って違うわー!
お、少年、残念だったねあたしの裸が見れなくて。ふふん。またくるがいいさ。
それにしても、ほんとに男が多いのなんのって。
人間の美醜はよくわからないけど、さすがのあたしもオスとメスくらいは嗅ぎ分けられる。どうやら君と一緒にういじんにいく人たちらしいんだけど、大半は男だよね。女は少しだけ。
こんなにたくさんいて、本当にあたしの分のどんぐりは確保できるんだろうか……。あたし、あのイガイガを剥くの苦手だからしっかり頼むよ!
それー! 進めー!
君が赤い花をくれた。
あたしはそれを頭に挿して、おうちに帰るのだ。
君が何度も悲しそうな顔を見せるから、あたしは別にいいよ、って。君の傍にいたいんだよ、って。そう伝えたいのに言葉にできなくて。
あたしは涙をぬぐう。
君がその大きな背を丸めているのが辛くて。
あたしは走った。
君がくれた日々を思い返しながら大きな声を上げて。
あたしはもう君と会えないのかな。これで終わりなのかな。
視界には村の人たちの驚いた顔が広がって。
ういじんのいみをしったの。
締め切りを勘違いしていたせいで大幅な場面カットが…苦しいかった…