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山村2

どこから湧いて出たのか、ルトを囲むように迫る人の群れ。

村人であったであろうそれらは、内側から腐ったように肉が落ちし、中には甲蟲に喰われながらに歩いている者もいる。

甲蟲は死肉を好む食む蟲だ。先程遭遇した蟲達も、ここの住人に引き寄せられたのであろう。


驚きのあまり、尻をついて座りこんだルトの眼前に、幼い少女であったろうモノが差し迫っていた。

アルカはルトのシャツの裾を咥えて後ろに引張っている。

 

「あ…ぁ……」


少女から目を逸らせないルト。眼前の少女に重ねるように、幼い記憶が突如として蘇り、似ていない筈の誰かにその面影が重なった。


「…ネ…シャ…」


ずしゃり、ずしゃりと、肉を落とし腐臭をさせながら近寄る村人。少女の手が伸び、ルトの頬に触れようとするや否や、振り下ろされた両刃の剣が少女の身体を吹き飛ばした。


「ルト!大丈夫かっ?」


ルトを背に庇う様に立つジルベール。へたり込んだままのルトをチラリと振り返るが、眼前に迫る敵の多さに剣を構える。


「ルトちゃん、立って。ルトちゃんっ」


アルカは呆けるルトの手に歯を立てて噛みつくが、意識はまだ過去に囚われたままである。ジルベールは迫り来る村人を、剣で打ち払う事に手いっぱいだった。

家の奥から爆音がすると同時に、屋根を突き破り火柱が勢いよくあがった。キファークが魔術によって成したであろう炎が家を包んでいく。


「ジルベール、坊主は無事か?」


一仕事終えたキファークが戻ると、ルトに声を掛け、そして周囲を見回し溜息をついた。


「……村民全員にしては少ないと思っていたが、どこから湧いて出たんだ?」

「キファーク殿、これら(・・・)を放置していくわけにはいきません!!」


ジルベールが言う事はもっともだ。この異形達を村の外に出すことは阻止せねばならなかった。


「ああ、数は多いが動きは鈍い。全部燃やすしかねーなー」

「その意見には賛成です。しかし…こう数が多いと……」


神殿騎士であるジルベールにも魔術の心得がある。しかし、対象は数が多い上に広範囲に存在している。

それだけではない、周囲を魔炎で攻撃すれば自分達まで炎に巻かれてしまうし、剣でこの場を切り抜けようにも、ルトを護衛しながらでは難しい。


「折角、一か所に集まって来てくれてるんだ。それを利用しない手はないだろう」


キファークは大太刀を横に払い、常人ならざらぬ剣圧で死人を押し返しながら不敵に笑った。

このような状況にあって尚、焦りも迷いもない。頭髪からのぞく控えめな小角は、彼が半魔である証しだ。

魔人の血を引く彼にとって、戦いの中に身を置く行為は、生を実感する手段でしかなかった。例えその先に死があったとしても悔いはないだろう。

強者に従い、強さを尊ぶ――彼もまた、脳筋集団の魔人であった。

同じ脳筋の獣人達との違いと云えば、魔術操作に熟達する種であり、強さが必ずしも腕力ではないという一点だろう。


「ジルベールっ!なるべく沢山引きつけろ」

「言われなくてもっ、勝手に集まってきてますよっ」


既に村の外へ続く道は塞がれている。

キファークとジルベールは、間にルトを挟むように剣を振るう。

十分に対象が集まって来た所で、キファークは腰のウエストバッグから拳大の魔石を取り出した。


既に術式が封入されたキファーク秘蔵の隠し玉だ。ルトを懐に庇いながらジルベールに合図を送ると、それを2つほど起動(セット)し、投げた。


黒い大太刀を地に突き刺すと同時に、周囲に鼓膜を振るわすような爆音が上がる。肌を焼くような熱が到達するよりも早く、3人の周囲を取り囲むように勢いよく土の壁が上へとせり上がり高い壁を作ると、土壁はそのまま空を覆った。

瞬時に土のドームによって守られた内側は、冷やりとした空気と真っ暗な闇、突然の静寂によって包まれた。


「……キファーク殿…さっきのあれは?」


土壁に寄りかかり、懐に白猫を抱えたジルベールが暗闇に問いかけた。ずりずりと腰を落とし、とりあえずは切り抜けたと一息つく。


「ああ、奥の手……ってやつだな」


キファークが放った魔石から展開された魔術式は、ジルベールクラスが50人程いても歯が立たない高位術式だ。外は高温の炎を纏った2匹の大蛇が荒れ狂っている。


「秘蔵の魔石に高位の術式を封入しておいたんだが、役に立ったな」

「おにーさん……あれってお高いの?」

「…アルカ……あれで…お、おそらくだが、貴族街に屋敷が建つかと…」


明るければ、ジルベールの青ざめた顔が拝めたであろう。

魔石への術式封入は本人でなくとも良い。それを起動するpassさえ知っていれば、魔術の心得がある者ならば誰でも使用できる。ただし、術式の封入にはそれなりの金がかかるし、何よりあれ程の高位魔術を封入できる魔石はそれ自体が高価なのだ。


「気にするな。必要経費だ」

「……それをどこに請求するかで、色々と問題が…」


確か、最近魔石の価格高騰が街で話題になっていたと思い出し、更に青くなるジルベール。それを慰めるように、ぽんっとジルベールの肩へ白猫の手が置かれた。


「…で、おにーさん、この中は大丈夫にゃ?」

「んあ?……まあ、空気がもつ間に収まるといいな」

「まじですか?」


キファークは壁に寄りかかったまま地に座しているが、その片手は未だ大太刀に置かれたままだ。

土のドームを制御し、熱を遮断する為に土壁内部に常に地下水を循環させている。大太刀を媒介させる事で、2つの術式同時制御を易くしていた。


「坊主は大丈夫か?」


腕の中にいるルトは先程から一言も話さないが、小刻みに震える身体が触れた部分からも伝わっていた。


「………な…い」

「……ルト?」

「ごめんなさい」


あまりの惨状に恐怖したのかと思ったが、それだけではないようだ。

身体を縮こめるルトの頭を自身の胸に引き寄せると、キファークの心音がルトの耳に規則正しく響いた。とくん、とくん、と伝わる音に、次第に落ち着きを取り戻す。


(餓鬼は母親の心音を聞くと泣きやむってのは本当だな)


単に手が離せない為に取った行為だったが、ルトへの効果はあったらしい。


「……き、き、キファークさん…ごめんなさい」

「………坊主、お前のそれは癖なのか?」


キファークの語調にビクリと身体を強張らせるルト。迷惑を掛けたからと謝罪したつもりだったのだが、キファークの気に障ったらしい。


「いつもオドオドと、(せい)に謝罪している」


生きる事への罪悪感。自分が存在している事に後ろめたさを感じている事を、まだ2日しか共に過ごしていない男が見抜いた。


「死にたくなければ足掻け」

「す、すみま……」

「詫びるなっ」


謝罪の言葉を遮られ、言葉に詰まる。

ルトにどうしろというのだろう。生き残り、拾われ、なるべく周囲を不快にさせないように息を潜めてきた。それが14年生きてきたルトの処世術なのだ。

暗闇で見えるはずのない髪を隠すように、外套のフードを目深く被る。その様子が半魔であるキファークにはしっかりと見えていた。


「ルトちゃんのそれはもう、習いの性だから仕方ないにゃー」

「……お前らが甘やかすからだろうが」

「戦う事が趣味ですって魔族と一緒にしにゃいでー。ルトちゃんはもっと繊細なの!!」


アルカとキファークが口論となり、飼い主として謝罪すべきかと一考する。が、ルトの謝罪はキファークを不快にさせるだけだろう。


「まあまあ、キファーク殿、ルトにも色々と事情が……」

「アンサス難民だという事か?」

「あにゃにゃ?お気づきで??」

「まあな……仕事柄、西大陸(デュシス)や内海へ行く事もあるからな」


ルトの頭上で大きく溜息する気配。

ここベルンディータ大公国のある中央大陸(メソン)がユーラシア大陸とすれば、ヨーロッパから地中海沿岸一帯を支配しているのがヴァイストハイト帝国。地中海沿岸部にあたるのが、亡国―――アンサスである。

アフリカ大陸に位置する西大陸デュシスの国々と、ヴァイストハイト帝国は、アンサスを挟んで長く戦乱が続いていた。しかし、ヴァイストハイト帝国は8年前にアンサス地方へ侵攻し、第2級戦略級魔術式で一体を壊滅に追いやることで内海沿岸部へと領土を拡大する。

それこそが俗に言う、アンサスの悲劇である。


「お前の髪は、アンサス戦線を…高濃度の魔素で汚染されたあの地獄を生き延びた証だろう。恥じる事はない」


ルトの色の抜けた髪は、高濃度魔素で汚染された影響だ。

本来、人が耐え得る魔素よりも遥かに濃い魔素にさらされ続けると、人は人の形を保てなくなる。体内で荒れ狂う魔素に侵され、生きたまま魔塊化する。人の形をした魔石へと変貌した後は、急激に魔素が抜け、最後は砂となって崩れ死ぬのだ。

ルトの様に魔素に汚染されながらも、魔塊化する前に適切な処置で助かる例はあるが、中には身体の一部を失ったり廃人になる者が多かった。

魔素汚染された人は廃人、狂人、普通の死に方はしない。それが一般的な考えであり、多くの人々が侮蔑する理由である。


――生き残ったのなら問題ない。生き抜いたものが勝者だ。


というキファークの思考は、魔族ならではである。五体満足でなければ差別する人の世と違い、魔族の世では、たとえ四肢がもげようとも、戦い生き残った者が勝者だ。それを蔑むなど問題外である。


「……さすが戦闘民族」

「……脳筋ですにゃ」


ある意味、大変前向き思考なキファークに、ジルベールとアルカが感心する。

それを受けて、ルトの反応に期待が集まった。


「……ご、ごめんなさい」

「………もういい…お前の謝罪は枕詞だと思う事にする」


キファークはがくりと肩を落とすのだった。



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