表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/23

山村1


早朝にベルンテイトを出発したトライクは街道を南へ下り、途中、街道をそれて西へ伸びる細い山道へ指しかかった。

日が沈む頃には、途中の小さな村で休む事が出来たが、翌朝、日が昇る前には村を出立する。村を出て小1時間ほど進むと、深い谷を隔てた奥に、目的の山村があるという山が見えてきた。

道の途中でキファークがトライクを止めた。


「さて、ここから徒歩だ」

「ツノのおにーさん…こんな所に無断駐車したら迷惑だよー」


いつの間に仲良くなったのか、キファークの肩に乗った白猫が問う。


「今朝の村からこっちは立ち入り制限されているから問題ねーよ。それにこのまま道沿いに谷を回り込んだら、村に着くのは明日の朝だぞ」

「狂獣が増えた山の中での野宿はさすがに遠慮したいですね」


ジルベールは手早く荷を背負いトライクを降り、それを見たルトも無言で従う。

トライク一台が通れる幅の山道から、人ひとりが通れる小さな横道を進むと、その奥に谷を繋ぐ細い吊り橋が見えてきた。


「地元の連中が使ってる近道だ」

「うぁー殺人事件が起きそうにゃー」

「…なんで殺人事件?」


足元の踏み板は年季が入っている。


「にーさん、体重制限は?」

「んなもんあるかっ。地元の連中が使ってると言ったろう。問題ない」

「……ルトちゃんは大丈夫そうだけど、ジルベールとにーさんは、踏み外して落っこちるんじゃにゃいかなー」

「…アルカ…不吉なことを言わんでくれ」


1人ずつ渡れば問題ないというキファークの言葉で、一番小柄なルトから橋を渡る。

恐々と橋を渡るルトの前を、橙の鈴石をりんりんと響かせたアルカが軽やかに駆けて行く。


「さすがに猫だな…ちょっとアルカが羨ましい」


吊り橋の手前では、ジルベールがまるで我が子を見守る母の如く心配そうにルトを見守っていた。


「ルトちゃーん。あとちょっとだよー」

「……………」

「お約束通り、揺らしてみる?」

「……アルカ、もう一緒に寝ない」


慎重に足を運ぶルトが無表情で宣言すると、白猫は素直に従った。


「もう、ルトちゃんってばイケずぅー」


次いで、キファークは難なく橋を渡りきり、ジルベールが吊り橋の中央をゆっくり進んでいた。

何故かこのタイミングで強い風が谷間に吹き、綱で渡しただけの吊り橋が大きく揺れた。


「………揺れてるな」

「……揺れてますね」

「めっちゃグラグラ」


風で不安定になって吊り橋がぐらぐらと揺さぶられる。


「……………」

「……………」

「お約束だとぉ……この後、吊り橋が落とされてぇー、陸の孤島に閉じ込められた一行が、殺人事件に遭遇するんだけどにぁー。落ちないかにゃー」


白猫が嬉々として、揺れる吊り橋に苦戦するジルベールを眺めていた。


「………坊主」

「………はい」

「飼い猫の躾……考えた方がいいな」

「………すみません」








吊り橋のあった場所から奥へと進むと、木々の枝で覆われたトンネルの様な道に行き着いた。

不意に、先頭を歩くキファークがピタリと歩みを止めて暗器を放つ。


――ボト、ボト、ボト


鈍い音をさせながら、周囲に落ちたのは、人の頭ほどの大きさの団子蟲だった。高い木々に身を潜ませ、人が通ると上から攻撃する低位の狂獣だ。低位とはいえ堅い甲殻が頭に命中し、気を失ったところで喰われる事もある。


「……甲蟲かっ」


ジルベールが腰の剣を抜き、更に木々から落ちて来る甲蟲を叩く。落ちた甲蟲は丸くなって堅い甲殻でその身を覆うため、剣を通さない。が、丸くなっている間は、甲蟲自身も攻撃できないのであまり心配はいらない。


「だんごむしぃぃぃぃ」


アルカが興奮して甲蟲をゴロゴロと転がし遊ぶが、即座、ルトに後ろから抱き上げられ引き離された。


「アルカ、っめ!!」

「にゃぁぁぁ、ボールぅぅ」


ルト達が遊んでいる(?)間に、キファークはカサカサと向かってくる甲蟲を蹴り上げ、丸くなる前に空で甲蟲の腹を大太刀で刺す。

腹の中にある核を壊しているのだ。

核を破壊された甲蟲は、血肉を残さず、黒い靄となって消えた。

後には、小さく割れた砡が残されているだけである。

ジルベールも同じように地に落ちた甲蟲を始末した。


「これで全部か?」

「もう、いないようですね」


ルトはアルカを抱えたまま、割れた砡を拾い集めている。

狂獣は生き物の形をした別の何かである。死骸を残す事がない為、狂獣討伐には核である砡の欠片を回収する。狂獣によってその品質に違いはあるが、狂獣が残した砡は魔力を帯びた魔石として価値が付くのだ。

ルトが両の手に拾い集めた砡を差し出すと、その手に集められた砡の欠片を凝視するキファーク。


「………」

「………」


――ぽんっ


キファークはルトの頭、正確には外套をすっぽり被り、更にその下には髪を隠す布を巻かれたその頭にポンっと手を置いた。


「…あ、あの」


ルトが何かを言おうとする前に、キファークは手にした大太刀を背に戻して歩きだす。ボー然とそれを見送り、手の中の砡を見て、また歩き始めたキファークを見る。


「ぷはっ……ぶはははっ」


その様子を見守っていたジルベールが爆笑しながら、ルトの頭をぐりぐりと撫ぜまわした。


「じ、ジルベールさんっ」

「貰っておけ」

「で、でも……」

「キファーク殿がくれるってさ」


おろおろと戸惑うルトの手にある砡を、ジルベールが小さな布袋に一纏めにしてルトの手に戻した。


自らの益なる魔石の回収は、自身で集めるのが基本であり、守られるべき対象者(※依頼者)が、護衛の収入となる魔石の回収を手伝うことはあまりない。その為、護衛任務中に討伐した狂獣の魔石は、討伐者自身が回収する。

ルトが好意から取った行動であるが、自身の腕っ節ひとつで世を渡るハンターには新鮮な行動だった。


「心配するな。甲蟲の砡はそれほど高価なものではない。ハンターランクでなくとも狩れる低位の狂獣だからな。子供の小遣いにしては少々高価だが、ルトにくれるとて言ってるんだ。遠慮なく貰っておけばいい」


魔石鉱で発掘される魔石や、上位ランクの狂獣討伐で手にする魔石と比較すれば屑石程度の価値しかない。だが、14歳の子供が持つには少々高額である事には違いなかった。


「うっ……はい、後でお礼を言っておきます」

「良い子だな」




その後は、狂獣に遭遇することもなく目的の山村へと辿り着いた。村の入口まで来ると、辺りを見回す。周囲を囲む木々のせいか、雲陰に入ったせいか、村内には陰鬱な空気が漂っていた。


「……くっらい村だねー。正に殺人事件が起きそうにゃ」


不思議な事に、村の周囲には人の姿が見えない。この時間であれば、畑仕事などで誰かしら外に出ている筈であろう。それどころか、山村ならば聴こえてきそうな鳥の囀りさえしなかった。


キファークとジルベールが近くの家へ行き、様子を伺ってくるというので、ルトは村の入り口で2人を待つことになった。どうやら中には誰もいなかったらしく、早々に戻ってきた2人が状況を説明する。


「…どの家も病人どころか、遺体もねーな」

「……そして誰もいにゃくなった?」


アルカの「あっちの方が何かクサイ」という一言で、一行は村の中央の大きな家へ向かう事にした。猫の話を鵜呑みにする訳ではなく、集会場か村長宅であろう場所に人が集められている可能性があったからだ。

村の中央広場には、石を3段ほどに積み上げた噴水があり、噴水を挟んだその奥が村で一番大きな建物だった。

アルカがルトの背から降り、しかめっ面で鼻を押さえる。

 

「くっさい!!鼻がもげちゃうよー」

「……クサイって、その臭いかよ」

「死臭?……それだけじゃないですね?」


猫の嗅覚ほどではないが、建物に近付いた事で人にもその臭気が感じ取れた。

村内の空気は重く、腐ったような、生臭いような、なんとも嫌な臭いが漂っている。村の中心に位置する一番大きな家。その辺りが一番、悪臭が酷かった。


「ルトはここで待ってろ」

「うん、わかった」


ジルベールが腰の剣を、キファークが背の大太刀を手に、ドアを開けた。


「うあ゛-。だま゛ら゛な゛い゛ぃぃ」


奥から漂うあまりの悪臭いに、家の前で待つアルカが悶える。


「アルカ、こっち」


気休め程度だが、悪臭も少しはマシになるだろうと、シャツの前を開いてアルカを胸元に入れると、頭に巻いていた布で自身の口と鼻を覆った。





入口の土間は広く、その先に大きな扉が見えた。

あまりの臭いに、キファークとジルベールは布で鼻から下を覆っている。


――ガタンッ


奥の部屋で何かが動く気配。互いに目配せをし、扉の両側に立ち、思い切りドアを開けた。


「――――――――っ!」


室内の情景に驚いたジルベールは、既の所でもれる悲鳴を呑み込む。キファークも眉根を寄せて、厳しい表情をしている。

部屋の中は広かった。おそらく村の集会に使われている広間なのだろう。中には15~20程の人が確認できた。いや、以前は人であったろう肉塊を含めてである。それを、数人が囲むように一心不乱に食する様は、さながら地獄絵図。まるで獣のように口の周りを赤く染め、ただひたすらに貪っていた。


食事中(?)の連中に気付かれないよう、そっとキファークが扉を閉めようとすると、肉を()んでいた一人が振り向いた。虚ろな瞳で2人を捉えるそれも、よく見ると自分の腹から内臓を垂れ流している。


「……キファーク殿」

「ああ、燃やすぞっ」


2人が同時に魔術の詠唱に入った。


――「ルトちゃんっ!」


刹那、表から白猫らしき叫び声。

キファークが「行けっ」と怒鳴るのと同時に、ジルベールが外に駆け出した。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ