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依頼1

神殿から西の回廊の先にその部屋はあった。

石造りの室内にさり気なく置かれた調度品は、華美過ぎずに品が良く、部屋の主の趣味の良さをうかがわせ、彫りがたっぷりと施された執務机が、大きな窓を背にしてその存在感を放っていた。

来訪者を待つ控えめに開いた窓から、そよぐ風と共に小さな影が訪れる。


「アスィールぅぅ。おっ仕事ちょーだーいっ」


可愛らしい声で窓から入って来たのは、珍しい白い聖猫(マトゥ)だ。


『あらあら、騒がしいと思ったら、卑しい化け猫だったのね』


嫌味な念話で返すのは、この部屋の主であるアスィールの聖猫(マトゥ)、キヌ。青みがかたグレーの毛並みに、美しい薄水色の瞳。

キヌは執務机の上で優雅に座り、長い尻尾をぱしりっと打ちつけてアルカを迎える。


「アルカ、化け猫じゃないもーん」

『主を守るすべもない、喋るだけが取柄の猫が、化け猫じゃないなら何だというのかしら?』

「ルトちゃんの役には立ってる?」

『…どこかよ?』

「……財力??」


こてんっと、首を傾げる白猫。


『あんた…また、賭博場に出入りしてんの?懲りない猫ねぇ』


キヌが艶麗な様で溜息をつくと、宥めるようアスィールがその背を撫ぜた。


長身細身で白い肌。それでいてひ弱にも、不健康そうにも見えない体躯は決して女性的なそれではなく、節ばった指が読んでいた文を畳んだ。

聖猫(マトゥ)とその主は似るのだろうか?と思わせるこの主従は、どちらもその所作や容姿の美しさで周囲を魅了していた。


「私は聖猫(マトゥ)の年齢に詳しくありませんが、アルカはまだ成人前の子供に該当するのでは?」

『アスィール、我が主様。アルカなど、まだまだペーペーのお子様ですわよ』

「子供が賭博場に出入りするのはどうかと思うと…先達て、注意をしたと思うのですが?」


アスィールとキヌに揃って笑みを向けられ、白猫は何故か部屋の気温が数度は下がったように錯覚した。


「猫の年齢で言ったら、アルカは成人どころか熟女だよー」

「おや?アルカは聖猫(マトゥ)ではありませんでしか?」

「さっきキヌが化け猫って言ったー」


白猫がプイっと頬を膨らませてそっぽを向く。

それを宥めるように、白猫の顎の下をさらりと撫でると、答えるようにゴロゴロと小気味よい音で返事を返す。


「…キヌ」

『あら、こんな色抜けが聖猫(マトゥ)だなんて、嫌よ』

「どうやら、キヌの物言いにも問題があるようですね」


キヌはツーンと澄ましたしぐさで机から降りると、これ以上話す気はないとばかりにソファへ移り丸くなった。自身の主が白猫を愛撫する様子も、不快なのだろう。


「…アルカ、ニコやボリスよりも勝ってるにゃよ?」


ニコとボリスはジルベールと同じ神殿騎士だ。

グリニッシュブルーの瞳が、アスィールを見上げるそのさまにはまだ幼さが残る。



「……」

「ちなみに闇町には行ってにゃいよー。あそこのイカサマはえげつないしー」

『……』


どうやら、思った以上に知悉しているらしい白猫に、1人と1匹は何をいっても無駄と諦めた。


「2人とも外郭出身者でしたね。荒事にも慣れてるでしょうし、休日の過ごし方にまで指図はしませんが、危険な店は避けなさい」

「はーい。カードは止めて、レースにしとくねー」


カードとは、その名の通り賭博場や酒場で良く行われるテーブルゲームの事で、負けて身包み剥がされたという惨めな結果に終わる事もある。何より、外郭の闇町で行われる闇賭博は、組織的な犯罪集団が取り仕切っている場合がある為、財布だけは済まされないこともあった。


レースとは、公の機関が賭博を取り仕切り、公営競技場で行われる競技である。主に土トカゲのレースなどが行われており、広く市民が楽しめる娯楽であった。


「……アルカ、ほどほどに」

「うん、でも色んな情報を集めるには酒場や賭博場が一番にゃんだよなぁー」

『あなた、一体何を目指してるの?』


この見た目にそぐわず世慣れた白猫は、アスィールでも把握しきれない摩訶不思議な行動範囲と人脈を持っていた。


「っで?っで?アスィール、今日はアルカにお仕事あるの?」


改めて尋ねると、隣の部屋で控えていた侍従がアルカ専用のザックを持ってきた。所謂、リュックサックだ。

そう、白猫アルカはただの猫ではない。ちゃんと職を持っていた。賭博で稼ぐ以外の…。

侍従が手慣れた様子で、アルカの背にザックを着ける。ザックと云うよりも、ベストの背に小さなカバンを取り付けたそれは、柔らかくなめした革と布を組み合わせて作られた動きやすい物だった。大きな荷は運べないが、小さく薄いカードを運ぶには十分だ。


「アルカ、これを午前中に、南街の治療院と近くの斡旋ギルドへ届けてもらえますか?」


治療院は加護を使用しない医師や薬師が所属する医院で、医師や薬師の処置は治療(・・)、加護持ちが行うのは治癒(・・)として区別されている。

加護持ちは絶対的に人数が少なく、全ての人がその恩恵に預かれる訳ではない。

ベルンテイト程大きな都市の神殿には、多くの加護持ち集められているが、それでも全ての住民を治癒するのは不可能であるし、地方では加護持ちを見つけることさえ難しい。多くの人が、病や怪我で訪れるのは近くにある治療院である。しかし、その治療院でも難しい案件については、神殿へ助力要請が来るのであった。


アスィールは赤い蝋で封蝋した、通常よりも小さな封筒を2通用意する。

封筒の中に入っているのは、魔動具であるタブレット型端末機に差し込んで使うメモリチップだ。


「内郭のギルドで良いの?」

「ええ、ギルド内で情報は共有するでしょうから」


ギルドには、主に商工ギルドと斡旋ギルド、そして土地(※紛争地域)によっては傭兵ギルドが存在する。商人や職人が所属するのが商工ギルドで、幅広く職業を斡旋するのが斡旋ギルドだ。

首都であるベルンテイトには、それぞれのギルドの本部と支店が存在し、本支店間で情報が共有されているので、利用者は近くのギルドをすれば良い。


斡旋ギルドで取り扱うものは、日雇いの店員や護衛、薬草採取や農場の収穫手伝い、荷運びなど様々である。各地の疫病についての情報や地方の治療院からの助力などは、情報統制が行き届いている斡旋ギルドを通じて神殿関係者へ依頼される事が多い為、今回もその件だろうと白猫アルカは中りをつけた。


アルカは2通の小さな封筒の宛名を確認すると、背のザックへと収納してもらう。通常ならば使いの者を出すか、正規の郵便で送るものだが、この白猫に依頼をすると思った以上に早く、しかも確実に届く。ザック内には少額だが幾らかの小銭が入っているのだが、それを盗まれるという危険もないようだった。


「行ってくるにゃぁー」

「ええ、気を付けて」


アスィールに見送られ、白猫は窓枠をポーンと軽やかに飛び出して行った。


 

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