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アルカ

時は戻り、主である少年ルトが朝の礼拝を終える頃、白猫アルカは一足先に小神殿を抜け出していた。


ティタ神殿はベルンディータ大公国でも古い建造物で、近年になって改修や増築された公国教会や居住区画と違い、大きな改修はされていない。

神殿正面から階段を上って石柱を抜けると小神殿。中庭を囲うように石の回廊。回廊を奥へ進めば大列柱室と本神殿へと続き、回廊から西へ進めば執務室のある別館へ、東へ横に伸びた先は公国教会との共同区画がある新館へと繋がっていた。

神殿敷地内には他にも泉や噴水、緑地も多く、その所々で猫が寛いでいる。

白猫は新館へ続く回廊をトテトテ歩く。回廊横の緑地では猫達に雑ざって聖猫(マトゥ)達も寛いでいた。


『よう…白猫』


脳内に響く念話で声を掛けてきたのは、ティタ神殿の上位神官を主とする聖猫(マトゥ)仲間のハチだ。鼻先から腹部は真っ白だが、目元から背中に掛けては黒い毛並みのハチワレ猫である。


『魔力なしの色抜け猫が何ウロウロしてんだ?』

「……うっさい。ハチ」


聖猫(マトゥ)とは、黒猫の姿をした聖獣だ。猫というよりも精霊に近く、高い知能と魔力を持ち、高潔な魂を好んで(あるじ)を選ぶ。

元々は12神竜の魂に惹かれてやって来た、異界からの来訪者であるとされている。いつしか地上世界へと現界する聖猫(マトゥ)が現れ、地上の猫との混血を繰り返し、聖猫(マトゥ)本来の姿や能力は薄れていった。

聖猫(マトゥ)は能力が高いほど黒く、能力が低いほど白く色が抜ける。足先部を除けば白猫だと言っていいアルカは、聖猫(マトゥ)としては下位の存在だ。


『お前みたいな色抜けは主を守るなんてできねぇんだから、単独でウロウロしてんじねーよ。バカ猫がっ』

「……ツンデレか?」


本来ならば、能力至上主義の聖猫(マトゥ)内で貶められる存在の白猫だが、このハチは何かとアルカに絡みながらも、理解しにくい感情を向けてくる。


『つ…つん?…』

『ふぉっふぉっ、ハチはお前さんが心配なんにゃろ?』


ティタ神殿で一番の老聖猫(マトゥ)、キジシロ猫のじっさまが横やりをいれた。じっさまは、大主教の聖猫(マトゥ)である。


『だ、誰が、こんな白猫の心配なんてしてないぞっ…さ、最近、わん公が神殿前にいるからな。あ、危なくなったら、俺様の雷撃で助けてやらんこともにゃい』

「…ハチ。やっぱ、ツンデレだろ?」


主の影に潜んだり、魔術を使って主を護衛する聖猫(マトゥ)だが、能力には様々な個体差がある。

ハチが得意とする魔術は雷撃で、じっさまが得意なのは氷雪、そしてアルカ唯一の能力がお喋りだった。


「アルカはお喋りできるから、わんちゃんとも仲良しー。ぜんぜん問題ないよー」


なぜ猫の声帯で人語が可能なのかは、アルカ自身にも解っていない…


『人語を語るくらいでは、身体の大きな犬共を退けられんじゃろ?』

「いやいや、じっさま。神殿前のワンちゃんなら大丈夫だよー良い子だよー」

『ま、マジか?』

『わし…この前、跳びつかれそうになったがの…』


じっさまが言うには、中庭に侵入した犬に跳びつかれ、びっくりして鼻先に小さな氷をぶつけて撃退したらしい。

神殿内では多くの猫や聖猫(マトゥ)が飼われており、神殿警邏が犬の侵入にも気を付けてくれているが、時々、野良犬の侵入を許してしまう事があるのだ。しかし、外へ出る機会が多いアルカには、犬との遭遇は毎度のことである。それなりの対処も知っていた。


「…あの()、普通にステイができる子だったし」

『す、てい??』

「うん、信徒さんの飼い犬だからね。リードしてないけど」

『お前さんの人語は凄いが、たまに何言っとるか解らんのぉ』

「猫好きなわんちゃんだったよー」


「顔を嘗められた」と伝えると、2匹に微妙な顔をされるのだった。





中庭の片隅で猫達と食事を終えて毛繕いしていると、朝の礼拝を終えた神官達がゾロゾロと食堂へ向かって回廊を進んでいく。


「よ、アルカ」そう言って、わしゃわしゃと白猫を撫でる大きな手。

「おはよー、ジル」


声を掛けてきたのは、神官騎士を務めるジルベールだ。栗色の短髪に、同色の瞳。右耳には青い色紐の耳飾りを下げている。貴族の出でありながら、人好きする裏表のない笑顔。その人柄故か、ジルベールを慕う者も多い。アルカ曰く、〈人誑しのジルベール〉である。


「ジル、仕事はー?」

「朝食後に交代だ」

「さよかっ」


主のルトもそのうち来るだろうと、ジルベールと共に食堂へと向かう。

聖猫(マトゥ)とはいえ、猫が食堂内に入る事にあまり良い顔をされない為、大人しく席で待つアルカの瞳に茶金頭の少年が映った。


「…っち」

「……アルカ、一応聖猫(マトゥ)なのだから舌打ちはやめておけ」


不機嫌になったアルカを窘めると、視線の先には最近台頭してきた教会の若手一派があった。


「ああ、ロバート・ダドリーか。あいつまだルトにチョッカイ出してるのか?」

「相変わらずだよ、あの糞餓鬼」


白猫がプリプリ怒っている。

ルトより1歳年上のロバート・ダドリーは伯爵家の三男坊で、正ベルンディータ公国教の聖職者だ。貴族とはいえ、大切な後継ぎの長男、予備の次男と違い、三男以降は成人すると家を出され、独立しなくてはならない。中には敬謙な信徒として、望んで門徒となる貴族もいるのだが、アルカのロバート・ダドリーに対する評価は厳しい。


「貴族の三男坊は、勉強して官吏になるか、体鍛えて軍人になるかだけど、あの糞餓鬼は、その両方からあぶれて聖職者になったお馬鹿ちゃんだからね」

「ははっ…きびしーなー」


公国教会とはいえ、結局のところは階級社会だ。ヒエラルキーの上層階は、貴族社会の縮図そのものといえた。

ジルベールもヴァルジー子爵家出身だが、彼の場合は家格から公国教の上位は目指せない。何より、ジルベール本人がそういったしがらみを煩わしいと感じる性質なので、公国教会の聖職者ではなく、剣と魔術の腕を磨き、ティタ神殿の神殿騎士へ進む道を選んだ。

ルルド聖教の聖職者となる場合、現世での地位を全て放棄する事となるからだ。貴族であっても王族であっても、ルルド聖教ではそれまでの地位は意味を持たない。現聖座(※教皇)も市井の出身である。


「ジル、ジル」


アルカの意を汲み、ジルベールはルトを呼ぶ。

どうやら、噂のダドリーと揉めそうになっていたらしく、ルトがほっとした様子でジルベールの横へ腰を下ろした。



「ダドリー伯爵の三男坊か…また厄介なのに好かれたな」


ジルベールの問い掛けに困ったような顔で苦笑するルト。その内、上位神官のリドが話に加わり、いつもの如く「色紐をするように」と、ルトを諌める方向で会話が終わった。

ルトが自身の容姿に引け目を感じている事は、神殿に身を置く者ならば皆気付いている。


西域地方で起きた災悪の被害者。

高濃度魔素に汚染され、抜け落ちた髪色。

亡国の生き残りである褐色の肌。


それらを差し引いても余る加護の強さが、ティタの同僚達には受け入れられ、ロバート・ダドリーからは反感を買うのだろう。貴族である自身を差し置いて、蔑むはずの相手は上位の聖職者達に可愛がられているという事実。


「癒しの御子を知らないとは思わないのだが…」


呟いたジルベールの独り言を、リドが耳聡く聞きつけた。

 

「5年前の?流感でしたっけ、あの時は大変でしたねー。加護持ちが総出で治癒して何とか収束できましたが、教会側から内郭を優先しろって圧力があったり」

「ああ、その所為で外郭の治癒が遅れ、貧民街では結構な死者がでたからな」


首都ベルンテイトは城郭都市であり、その外郭部には貧民街が存在していた。

5年前に猛威を振るった流感は、当時のルトがいた外郭の孤児院でも多くの罹患者を出した。それを治癒したのが当時9歳のルトであり、噂を聞きつけた周囲の人間が、その治療を求めて長蛇の列を作ったのだ。とはいえ、通常、1人の加護持ちが癒す人数にも限りがある。それをまだ9歳の少年が、数週間をただ1人で治癒し続けた加護の強さは、このティタ神殿でもアスィール主教を置いて他にはない。その際、ルトの加護に救われた外郭の住人が、ルトの事を〈癒しの御子〉と呼んでいたのだ。


「通用門も閉鎖されて、外との出入りが規制されましたからね。外郭に行けず、主教様達が交渉に難儀してましたよ」


漸くティタ神殿からの治癒師が外郭へ赴く頃には、すでに流感も収束に向かっていた。


「あれが切っ掛けで、アスィール主教様がルトを後見する事になったのでしょう?」

「さすがに〈癒しの御子〉とまで謳われる加護持ちを放置しておく訳にはいかないからな」

「うう…すみません。止めて下さいその呼び方」


ルルド聖教では、加護の力が強いほど尊いと重宝される。それはルトであっても同様だ。


「でもにゃ…5年も前の事だし、外郭での事だからにゃねー」

「ルトの聖猫(マトゥ)なら、ここぞとばかりに奴らに自慢するんじゃないのか?」


ジルベールの言う奴らとは、ロバート・ダドリーとその取り巻きの若手貴族達の事であろう。


「当時あのバカはまだ10歳だよ。選民意識の高い貴族が外郭の事に疎くても当然だし、まして10歳の糞餓鬼が知らなくても当たり前ダのクラッカーでしょう」

「まえ…だ?…」

「教会で当時のルトちゃんの話を聞いたとしても、『誇大に言ってるだけじゃん。うけるー』とか思ってるんじゃにゃいかなー?アイツ馬鹿だし」

「…アルカ、口が悪いよ」


ルトに窘められたアルカは、口を尖らせて反抗する。


「何故ルトの様な主を持ちながら、こうも捻くれちゃったんですかねー」

「アルカは素直なだけにゃー」


白猫はぷいっとそっぽを向くのだった。 


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