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晴れのち僕と彼女

晴れのち僕と彼女④

作者:

『雨のち病院と彼女』


 その次の日、つまり土曜日に僕は川原に居た。

 前と同じように川に向かって石を投げたり、歩いたり、疲れたらしゃがんでみたりしていた。ところが前とは違うことがある。雲行きが怪しくなってきたことと、彼女が現れないこと。前は午前中には会っていたのに今はもう午後1時を過ぎたころだ。

「どうしたんだろう・・・」

 僕は小さくつぶやいた。

『また・・・また晴れた日に』

 彼女が帰り際に言った言葉が頭の中を回っていた。

 あれは一応約束だと思う。そう思いたい。けど・・・彼女は一向に現れない。

 僕がそう考えている間にも、雲行きはどんどん悪くなるばかりだった。

 僕はコンクリートの上に寝転がり空をみた。青空がどんどん黒い雲に隠されていく。湿っぽい風が僕の頬をなでる。川原は僕の知っている川原ではなくなってきていた。

 僕は目を閉じる。温かい光はまったく感じられない。その代わりに僕の頬に何か冷たいものが当った。雨だ。

 僕は目を開いた。どんよりと暗い空から雨がどんどん落ちてくる。

 僕の頬や、髪や体がどんどん冷たく重くなってくる。それでも僕は動かなかった。動きたくなかった。

『彼女は来ない』

 そう分かっていても、僕はなかなかそこから起き上がり、家に帰ろうと言う気にはならなかった。彼女に会いたい・・・そんなことを考えながら僕はしばらく雨に打たれ続けた。


『やまない雨は無い』

 誰かが言っていた。だけどその反対に、ずっと晴れていることも無いのだ。

 

 僕はその日から風邪をひいた。咳は止まらないし、熱は下がらない。

 けどそんな僕を介抱してくれるような母親はいない。父親は仕事が忙しい。

 僕は何も食べずに薬を飲んで寝ただけで病院には行かなかった。

 理由は単純。僕は病院が嫌いだから。

 薬の臭いも、白い廊下も部屋も嫌いだ。

 同じ建物の中であるところでは家族と面会して笑っていて、あるところでは家族が死に、涙が溢れている。生と死が紙一重なのが思い知らされる。

 3年前、僕も涙が溢れていた。



 僕が中学二年生の時、母親が死んだ。

 元々、母は体が強いほうではなかったらしい。僕を生んだことでそれに拍車がかかった。

 母親が死ぬ前に医者が影で親父に話しているのを聞いた。医者と親父はその後も難しい顔で何かを話していたが僕はその場に居ることが出来なかった。

 その話の後すぐに手術が始まった。成功率は40%。

 僕は手術中の赤いランプをずっと見ていた。その赤いランプが消え医者の表情を見たとき、僕はすぐに駄目だったのだと分かった。

 その後のことは良く覚えていないが、病院を見ると赤いランプと出てきた医者の表情だけは今でも鮮明に思い出せた。それが一番嫌だった。


 僕は月曜日、咳も熱も下がらないまま学校に行った。友達にCDを貸す約束をしていたし、親父に風邪を引いているとばれたら確実に病院に連れて行かれるからだ。その日は僕が起きる前に親父は仕事に出かけたため、俺の風邪はばれなかった。

 友達にCDを貸したとき、顔色が悪いと心配されたが大丈夫だと言ってそのまま授業を受けていた。

 しかし大丈夫ではなかった。

 4時間目の数学だった。その頃はすでに黒板の文字はぼやけ、先生の声も頭の中に入ってこなかった。一瞬目の前が暗くなり、次に目を開けたら知らない天井が見えた。

 「保健室・・・じゃない?」

 白い天井、薬の臭いすぐにそこがどこだか分かった。

 僕が嫌いな病院だ。

 僕はすぐに体を起こそうとしたが、体がだるくて起きられない。

 右を見ると点滴があった。左を見るとどんよりした雲と雨にぬれている木があった。

 ここは個室らしく、僕の呼吸と雨の音以外なんの音もしなかった

 しばらくして点滴の薬が切れそうになったころ、看護士さんと親父が部屋に入って来た。看護士さんは点滴を片付けてすぐにいなくなり、部屋には僕と親父だけになった。親父には体調が良くないならちゃんと教えろと少し怒られ、3日間入院だと言われた。どうやら肺炎一歩手前だったらしい。

 俺は親父に怒鳴られたよりも、病院に3日間も居なくてはいけないことのほうが嫌だった。

 親父はその後、少し話して仕事に戻った。


 入院した3日間、僕はずっと外を見ていた。その間も外はずっと雨だった。

 病室の隣にある木は風に揺られ、木の葉は僕の居る2階の病室よりはるか高くまで舞い上がっている日もあった。

 僕はテレビをつけることもほとんど病室から出ることもしないでとにかく空だけ見ていた。白い天井、白い壁、白いベッド、それを見るとどうしても手術中の赤いランプを思い出してしまうのでそれを視界に入れないように外だけを見ていた。

 寝ていようとも考えが、目を閉じると薬の臭いが気になりまた赤いランプを思い出す。

 夜寝るときは頭まで布団をかぶって寝た。そうするとまだいくらか臭いがしない気がしたからだ。しかし、ものすごく息苦しくてさすがに1日中そうしているのは無理だった。

 ようやく退院する日が来たときは本当に嬉しかった。

 空も、晴れていた。看護士さんが今日は1日晴れると言っていた。どこの天気予報を見たのか聞いたら、お兄さんとはもう言えないくらいの男性がやっている天気予報を見たと教えてくれた。僕が見ていたお姉さんの天気予報では無い様なので少し安心した。

 親父が来るまで、僕は思う存分晴れた空を見た。そして彼女を思い出していた。

 もう彼女はあの川原には来ないのだろうか。そう思うと僕は少し凹んだ。


 親父が向かえに来て病院の裏口から出ようとしたとき、一人の女の人がこそこそ辺りを窺っていた。親父は気にすることもなく僕の荷物を持って先に車へ向かった。

 僕はその女の人が気になってしょうがなかった。

 黒く長くて綺麗な髪が彼女とそっくりだったからだ。だけど彼女がここに居るわけが無い。僕はとうとう彼女の幻影まで見えるようになってしまったのかと思った。

 けど、どうしても僕はそこに居る女の人の顔を見たくなった。

 僕は女の人の横を通り過ぎるときになんとか顔を見ようと試みた。

 女の人はまだ辺りを窺っている。何を警戒しているのだろうと思いつつ僕は女の人の顔を盗み見た。丁度女の人もこちらを向いた。


 彼女だった。


 僕はそのまま固まった。彼女も僕を見て固まっていた。

 二人とも少しの間、動けなかった。

「お・・・おはようございます」

 僕はどもりながらもなんとかあいさつをした。

「おはよう」

 彼女も挨拶を返してくれた。

「ここで何してるんですか?」

 僕はなぜここで辺りを窺っているのか気になった。

「晴れたから川原に行こうと思って・・・・」

 彼女はまた川原に行こうとしてくれていたので僕は嬉しかった。しかし、僕が聞いたことについての答えは言っていない。

「なんで病院にいるんですか?」

「えっと・・・し、親戚のお見舞いに・・・。君はなんで病院に居るの?」

 彼女はなぜか間を空けながら答えた。

「僕は少し風邪をこじらせて、さっきまで入院してたんです」

「え!そうなの!?」

 彼女はすごく驚いていた。

「けど、もう大丈夫なので」

「良かった」

 彼女はほっとした顔で微笑んだ。僕もそれを見て笑っていた。

「けど、なぜここでキョロキョロしていたんですか?」

「それは病院抜け出したのがばれると怒られるから・・・あ!」

 彼女は自分の口を塞いだがもう今言ったことは僕に聞こえてしまっている。

「・・・さっき親戚のお見舞いって言っていませんでしたか?」

「・・・・・」

 彼女は黙り込んだ。

「川原に行きましょう」

「え?」

「せっかく晴れたんですから川原に行きましょう。僕は親父に話してくるので少し待っててください」

 俺は親父に散歩してから帰ると言って、彼女と一緒に川原に向かった。


 平日のためほとんど人がいなかった。

 僕と彼女はコンクリートの上に座って話した。

「あそこの病院に入院しているんですか?」

「うん、ずっと・・・」

 彼女は苦笑いをしながら答えた。

「外にでられても病院の周りの散歩だけで、毎日同じことを繰り返して・・・・話をするのもいつも見回りにくる看護婦さんくらい。本当に退屈なの」

 僕は彼女の話を聴いて、彼女に会う前の自分の生活を思い出していた。

 毎日朝起きて、学校に行って、勉強して、家に帰ってちょっと家事をして、寝ることのくり返し。学校では上辺だけの友達と少し話すくらいで、ほとんど誰とも係わらない。

 何も思わないで、言われたことだけをする生活。

流されるだけの生活。

 とても楽で、とても退屈な生活。

「晴れた空をみたら病院にいるのが嫌になって抜け出したの。けどそんなに遠くに行く勇気は無くて、病院の近くのこの川原を歩いてた」 

 僕と彼女はとてもよく似ている木がした。

「僕と会う前にも何回か病院を抜け出していたんですか?」

「ううん、あの時が初めてだったよ」

「12時前に帰っていたのは?」

「12時になったら薬を飲まなきゃいけなかったから」

 僕のなかでだんだんと話がつながってきた。

 肌が白いのは外にほとんど出ないから、曜日感覚がなかったのはずっと入院しているから。携帯をもっていなかったのは病院の中では使えないから。

僕は始めてあったとき彼女が言っていたことを思い出した。

『私は夜なかなか寝むれないんだ。明日のことが心配で。明日も自分は居るのかなって・・・』

 僕は黙ってしまった。そんな僕を見て彼女は言った。

「ねぇ、私の愚痴聞いてくれる?」

「・・・はい」


「私ね・・・生まれたときから心臓が弱いの」

「今までに何度か死んでもおかしくないような発作も起きて、その発作が苦しくてね・・・毎日沢山薬を飲んで、点滴をして・・・無理やり生かされているようで。生きているのが嫌だった」

 彼女は辛そうな顔をして言った。

「本当はね・・・初めて病院を抜け出した日、死のうと思って出てきたの。あんな空の下で死んだらそのまま空に上っていける気がして・・・病院で死ぬのは嫌だったし、もう明日の心配をするのにも疲れたから」

「だけどね、川原に来て、一人で歩いていたら・・・たった一人、誰にも看取られないで死ぬのは嫌だなって思った。死ぬのは怖くないのに、『一人』がとても怖かった」

「誰かと一緒に居たくなって、目があった君に話しかけたんだ」

 彼女は笑いながら言った。

「その日君に会って、晴れた空を見たら・・・暖かい光も、優しい風も・・・君の隣も心地よくて・・・」

 彼女はすこし空を見上げながら言った。

「死にたくないって思ったの」

「まだ・・・まだ君の隣に居て空を見たいって思ったんだよ」

 彼女の目から涙が溢れていた。

「また君に会えたときは本当に嬉しかった。ここに来るのか分からなかったし、また会えるなんてほとんど思っていなかったから・・・」

 彼女の目から涙が流れた。彼女は目を擦るが、こすってもこすっても涙は止まらずに溢れてくる。

「土曜日もね、天気予報で晴れるって言ってたから川原に行こうと思っていたの。だけど、発作が起きちゃってね・・・君に会ってから初めての発作で、久しぶりに怖くて泣いたんだ。死にたくないって・・・君に会えなくなるって」

「僕もあなたに会いたくて、土曜日にここに来たんです」

「・・・雨が降ってもここに居たんでしょ?それで風邪を引いて病院に」

「え!・・・・はい」

「前の私なら発作が起こっても看護婦さんの目を盗んでここに来たんだろうけど・・・死ぬ怖さがわかちゃったから来れなかった。ごめんね。」

「それで良かったんですよ・・・きっと」

 彼女は自分の膝に顔を埋めた。

「もう、死のうなんて・・・思わないで下さい」

「うん・・・」

 彼女はそう言うとコンクリートの上に寝転がった。僕も寝転がった。

 視界いっぱいに青空が入る。雲が流れてく。まったく同じ日なんて無いけれど、その空は僕らが初めて会ったときの空にとてもよく似ていた。風が優しく頬をなでていく。

 それから何も話さず、僕らはずっと空を見ていた。

 空が晴れていて、彼女が居る。それだけで僕は嬉しかった。


今日、僕は彼女のことを沢山知った。彼女の病気のこと、彼女が思っていたこと、それがやっと分かった。同時に不安もできたけど、僕の中では嬉しさの方が勝っていた。






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[一言] がんばって またもどっていらっしゃいましたね よかった
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