~荒野~其の一
「おじちゃん、イチゴミルクちょーだい!」
五、六歳の少女は、その小さな手に握り締めていた銀色の硬貨を台の上に置き、くりんとしたまなこで、じっとこちらを見上げている。
その前に。
そこの兄さん、今、鼻で笑ったろ。
ウチのイチゴミルクを馬鹿にしちゃいけねぇ。
ウチのイチゴミルクは、天然イチゴをも超えた酸味と甘味の融合を実現した保存食イチゴと、まろやかで、それでいて、しつこくない甘さのミルク粉を絶妙の割合で配合した新世代アイスキャンディーだ。
このくそ暑い荒野に、五臓六腑に染み渡るイチゴミルク!これ以上の嗜好品は無いってもんだ。
で、
肝心なことを忘れていた。
「おじちゃん!じゃなくて、お兄さん!だろ!」
全く、最近の若いモンは口のききかたがなっちゃいねぇ。
20そこそこの好青年を捕まえて、おじちゃん、とは、全く泣けてくるぜ。
「おじちゃん、イチゴミルク!」
「かーっ!聞いちゃいねぇよ!このすっとこどっこいめ!はいはい、ほら、イチゴミルクね。まいど。」
「ありがとー!」
少女は、俺が渡したイチゴミルクを、嬉しそうに食べながら陽炎の彼方へ消えていった。
「ふぅ。」
俺は、日除けのパラソルを、イチゴミルクの入った冷凍庫が影に入るよう調節し、再び客を待つ。
少女は、ここのお得意様だ。
いや、
少女以外の客は、ここにはこない。
何故?
キィィイン!
俺の頭の中で、不快な音が響く。
まただ。
激しい痛みと吐き気をもよおすこの音は、俺の思考を停止させるには充分だった。
俺が、今の日常に疑問を感じると、必ず響くこの音。
俺はいつしか、時の流れるままに生きるようになった。
明日もまた、少女はイチゴミルクを買いに来るだろう。
俺は、少女にイチゴミルクを渡し、少女はそれを嬉しそうに食べながら、陽炎の彼方に消えていく。
待てよ、
俺は、いつイチゴミルクを作っているんだ?
イチゴミルク用に、仕切りられた冷凍庫は、一本分だけ空きがあった。
俺は、昨日もここのイチゴミルクを・・・
キィィイン!
くそっ!駄目だ!
さっきよりも激しい痛みに襲われて、俺は頭を抱え込んだ。
何故だ?
何なんだ、この痛みは!
痛みに屈伏し、全ての思考が停止しようとした時、少女とは違う影が、痛みでぼやけた視界の中に映った。
「見つけた。」
区切りが悪いのは仕様です。(笑)