「婚約を破棄する!」という決まり文句から始まる乙女ゲームの世界で、悪役令嬢に仕立てられましたの!?~冤罪をかけられたので静かに牙を研ぐ、濡れ衣ならその日のうちに返り討ちにいたしますわ!~
「セシリア・フォル・グランディス! お前が妹リーゼに毒を盛ったこと、もはや言い逃れはできぬ! この婚約を破棄する!!!」
王城の大広間、シャンデリアの下でよく通る声を張り上げているのは、先程までわたくしの婚約者だった第一王子アルベール様である。
婚約破棄を宣言するにしては、いやに堂々とした立ち姿だったものだったから、「あら、演説の練習でもしていたのかしら」という言葉が喉の手前まできていましたわ。
「セシリア様がリーゼ様の紅茶に何かを入れているのを見たんです.......」
「セシリア様は薬瓶を隠し持っていらっしゃいました!!」
――侍女たちが次々と証言する。
まるで.......“台本”でもあるのかと疑うくらいに。
口裏が綺麗に揃いすぎていますわ。むしろ台本があるなら見せてほしいくらいですの。わたくし、台詞回しに文句をつける余裕くらいはありましてよ?
(またこれですのね......)
跪かされながら、わたくしは笑いを堪えるのに必死だった。
その理由はというと......頭の奥で記憶の栓が抜けるように、前世の映像がどっと流れ込んでくる。
舞踏会、断罪、修道院送りの悪役令嬢――これは前世でプレイした乙女ゲーム『白薔薇の誓い』のシナリオそのものだ。
そして、わたくしはそのゲーム内で最も悪どい令嬢と謳われ、真っ先に断罪される悪徳令嬢セシリアに転生していたらしい。
「随分と都合のいい記憶が今さらになって戻ってきたものね」
思わず口から漏れた独り言に、周囲がぎょっとした顔をする。
いえ、他意はございませんわ。
そう心の中で付け加えつつ、わたくしは冷静に事実を検証した。
「毒を盛った」とされる日、わたくしは書庫に籠もりきりで一歩も外に出ていませんの。証人だって呼べますわ。
つまりこれは誰かが、丁寧に組み上げた冤罪によってわたくし......いや、セシリアというキャラクターを断罪するためのシナリオなのだ。
「潔く修道院へ行くがいい!!」
アルベール様の宣告に、貴族たちが一斉に頷く。わたくしは静かに一礼した。ここで反論しても、証拠のない悪女の悪あがきにしかならない。ならば、牙は見えないところでじっくり研げばいいだけの話である。
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護送の馬車が森に差し掛かった頃、わたくしたちh覆面の男たちに囲まれた。
山賊にしては動きが統制されすぎているし、そもそも護送中の罪人を襲う山賊なんて律儀すぎる。口封じね、とわたくしはすぐに察した。
「――下がっていろ」
低い声とともに、見知らぬ青年が馬で割って入り、あっという間に賊を追い払ってしまう。異国風の意匠の外套、涼しい顔.......絵になりすぎていて、逆に胡散臭さまで感じる。
「おっと、これは失礼。可憐なるレディーの前ではしたないところを見せてしまったね? 私は隣国レアンドールからあなた様を助けにきた“王子様”とでも言っておこうかな。......お怪我は?」
「……ご助力、感謝いたします。ですが、あいにくわたくしは、こんなふざけたことを言う王子と仲良くなった覚えはないですの」
「エイデン・ヴァレンティノ。……覚えていないだろうな、幼い頃デビュー前の夜会で迷子になっていた君を送り届けたのは私だ」
「まあ......あなたでしたのね!!! とは全くならないですの。わたくしは存じ上げませんわ。人は見た目より記憶力が大事だと申しますのに.......」
「ハッハー!! 初対面で早速手厳しいな!! 私は君のそんなところも大好きだぞ?」
エイデン様は苦笑しながらも、悪女と噂される娘に恐れる素振りひとつ見せない。むしろ興味深そうにこちらを覗き込んでくる。
「城下では『毒婦令嬢』と呼ばれていたが、実物は随分と口が回るじゃないか?」
「口だけは達者にできておりますの。頭の中身が伴っているかは、これから証明いたしますわ」
「頼もしいな。……よければ、事情を聞かせてくれないか? 私の家の力を少しくらい貸してもいい」
「あら、初対面の女に肩入れなさって.......後で後悔なさいません?」
「君の目を見ていれば分かる.......嘘をつくような人間の目ではない」
「殿方にそう言われると、ときめくより先に採点したくなりますわね。……八十点、というところでしょうか?」
「随分と厳しい採点なことで......顔面にだけは自信があったんだがな」
「減点分は、後で城の食堂を奢っていただければ帳消しにして差し上げますわ」
初対面から軽口が止まらない自分に少し驚いていた。断罪された直後だというのに、こんなにも息がしやすい相手は久しぶりだ。
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エイデン様の手引きで、屋敷に残していた侍女マリーと密かに合流した。
マリーは以前からリーゼの様子に不審を抱き、証拠をこっそり集めていたのだという。
「お嬢様……ずっと動けなくて申し訳ございませんでした!! 昔のご恩があるにも関わらず.....」
「いいえ、よく耐えてくれたわ。忠犬にも困ったものね、と褒めてあげたいくらい」
「犬ですか、わたくし.....?」
「一番信頼している生き物という意味よ。光栄に思いなさい!!」
差し出されたのは、リーゼが侍女たちに渡していた金貨の記録と裏路地の薬屋の帳簿の写しだった。
支払人はリーゼお墨付きの従者。
毒の入手日は事件のまさに直前、さらにエイデン様が独自に調べた事実が事件の全貌を浮かび上がらせる。
リーゼは、先代侯爵が外に作った愛人の娘――非嫡出子として本家に引き取られた身の上だった。
血筋を理由に陰で蔑まれ続けてきた彼女にとって、アルベール様に取り入り王太子妃の座を得ることは、家督争いに勝ち、寵愛と権力の両方を手にする唯一の道だったのだ。
「知っていたわよ、そんなこと。妹の考えなんて顔にまんま書いてあるようなものだったもの」
「知っていて、なぜ動かなかったんだ!?」
「証拠もなく騒いだら、それこそ悪女の被害妄想扱いでしょう? ですから、今この瞬間まで大人しく牙を研いでおりましたの」
「まったく.......うすら怖い令嬢だな」
「さっきの点数から今の発言でさらに減点して、70点といったところですの? まあ、とりあえずは褒め言葉として受け取っておきますわ」
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王家主催の夜会の夜、修道院に送られたはずのわたくしが、堂々と大広間に姿を現した。
そのことに対するざわめきが広がる中、エイデン様を伴って進み出て、集めた証拠を高々と掲げる。
「アルベール殿下!! これが、殿下の仰る『毒を盛った日』の、正真正銘の真実でございます」
帳簿、証言書、薬屋の記録――読み上げられるたび、会場の空気が凍りつく。支払いの記録を否定しようとした従者も、既に証人まで揃っている前では言葉を失っていた。
「わ、私は……姉が、いつも私を見下していたから、それで……!!」
取り繕う言葉すら支離滅裂に崩れ、リーゼはついに泣き崩れる。その姿はもはや自白と同じである。
アルベール様は顔面蒼白のまま、口をぱくぱくさせるばかりだった。
そんな彼の様子を見て、金魚のようだ、と場違いな感想をボソッと口にしたエイデンに、わたくしは軽くチョップを入れた。
「殿下は、調べもせず婚約破棄を宣言なさいましたね? 責任の一端は、殿下にもございますわね」
わたくしは一拍を置いて、会場全体に届くよう、はっきりと続けた。
「――確かめもせず切り捨てられるものを、殿下は愛と呼んでいらしたのですか? それは愛ではなく、ただの気分と違って?」
しん、と広間が静まり返る。
静かな声を大広間に響かせると、先ほどまでわたくしを蔑んでいた貴族たちが、次々と視線を逸らし始める。
手のひらを返すのは、いつだって早いものだ。多少胸がすくのは、許してほしい。
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数週間後、グランディス侯爵家がリーゼの処遇と王家との関係修復に追われる中、わたくしは港で旅支度を整えていた。
「本当に、来てくれるのだな」
「殿下との婚約は破棄されましたし、家名も肩書きももう要らないものになりましたわ。それに......」
「.......それに?」
「隣国でなら、誰かの噂に怯えず生きられる気がいたしますの。……あと、まだ食堂の奢り、いただいておりませんし」
「食い意地で結婚を決める令嬢がいるとはな」
「あら、口実はいくつあっても困りませんもの」
エイデン様が声を立てて笑う。
船が波止場を離れ、振り返らず前を見つめるわたくしの横顔に、隣国の陽が優しく差し込んでいた。
誰かに断罪された過去は、消えはしない。
けれど、それでこの先の生き方まで裁かれる謂れはない――そう思えるようになったのは、きっとこの旅立ちのおかげだ。
――静かに研いだ牙を、もう鞘に収める必要はない。わたくしはようやく、自分自身の物語を歩き出したのだからね!!!
「以前の夜会でのツッコミがわたくし的に、とてもウケたので120点満点をあげますわ」
わたくしのそんな独り言を耳に入れることもせず、ニコニコとこちらに微笑んでる彼に対し、とても大切な“ある”感情が芽生え始めていることを今のわたくしは知りませんの!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
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それでは、また次のお話でお会いしましょう!!




