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第一部 第一章 第十一話ライトノベルとしてもOK牧場!

「左、左! もっと回り込め! 相手は打たれるためにただ立ってちゃくれねえんだ」むきになって突っ込んでいくとジムさんの右ストレートを正面からくらった。とろけるように倒れこみたいところだが、セグウェイの五つのジャイロと2個の傾斜センサーが俺を倒れさせてくれない。エビ反ったところから反動で返った俺にジムさんの左のアッパーがヒットする。商品名パンチキックのように手も足も出ない。


「いいか、ボウズ。おまえさんのセグウェイは右回りのクセがついてる。ボクシングってやつは今じゃ一攫千金のアメリカン・ドリームだ。勝てば金と名誉がころがりこんでくる。負ければ一晩で興味を無くされ路上の靴磨きに逆戻りよ」俺は息もあがり頭は朦朧として今にも倒れこみそうになりながらも例のジャイロとセンサーが、そうさせてがくれず胃液をゲーゲー吐くのがやっとだった。そんな俺を見下ろすようにしてジムさんは涼しげな顔をしている。だって北極だもん。

「そんな夢を求めて自分の命さえ賭けてる奴らが、おまえさんのそのクセを見落とすはずもないんだ。いいか、大切なことを教えてやる。ボクシングに必要なのはな、フットワークとタフネスだ。日に3時間のレッスンで200ゼニーくれるってんだ、おまえさんに俺からひとつ礼をしよう。リングネームをつけてやる。おまえさんは今日から”タフネス大地に立つ!”だ」


 おおげさかもしれないが、今までの半生を「名無し」で通してきた俺にもやっと胸をはって名乗れる名がついたことに身もだえする思いだった。涙がにじんで風景の色が淡く限りなく白く見える。ありがとうジムさん、俺には産みの親と育ての親がいるけれど、あんたは俺の名付け親だ。その思いを胸の中に大切にしまいこみ、涙を振り切るように首を振り俺は叫んだ。

「ジムさん、もうひと勝負!」


 マイナス24度の冷気の吹きつける中、むき出しの拳を通して俺たちはひとつのケダモノだった。カミソリのようなジムさんのフックが頬をかすめる。俺はひたすらに上下に、深く浅くジャブをくりだす。右に、左に、両輪の回転速度を左右で微妙に変えながらフットワークをいかしてチャンスを待つ。

 来た! ジムさんは右のワンツーから左のロングフックをコンビネーションしてきた。これを待っていたんだ!

 スウェーからばねを使い重心を戻し、少しだけセグウェイを左巻きに旋回させつつその勢いで渾身の右ストレートを放つ。俺の狙いはただひとつ。……クロスカウンターだ。


 極北で張り詰めた俺の動体視力がジムさんの拳の軌跡を捉える。八つくらいの頃、路地裏で見つけた人間の手頸、触覚のように伸びた目玉がきょろきょろして口が生えてきて何かを話そうとしていたが、旨かったあいつ。体中の細胞にしみわたったあいつ。

 すごいスピードで形を変えながら伸びて来る、指に生えた毛の一本一本が、節くれ潰れた拳がくっきりと。くっきりと。くっきりと……あの指輪が見える。


「オにぃチャーんっ!」


 俺が18の時の夏祭りだった。生萌は16。神社の参道にそって並ぶ屋台。提灯の灯りにうっすらと浴衣の襟首からのぞく生萌のうなじの産毛が柔らかに輝いていた。ヨーヨーを右手でつきながら生萌はさっきから黙ったまま。炭鉱もかつての勢いを失った。今ではほんとに小さな町となっても細々と続く祭りという名の夢の終わりの夢。

 俺はTシャツの袖をロールアップし、ジーンズとブーツ、バンダナとレイバンのサングラス。いつもの格好でタラコをくわえていた。だけどいつもとは違うリズムを刻む心臓の鼓動に少々とまどってもいた。すれ違う顔はすべてにといっていいほど見覚えがある。俺の腕と生萌の浴衣の袖がほんの少し触れる。

 アメリンゴの屋台のテントの隣は「スーサイド」と原色で書かれた看板をかかげたフォーチュン・マッシーンの店だった。祭りにそぐわぬ乾いた陰気さを身にまとったジプシーの婆さんがひとり、マッシーンの前でニタニタと笑っていた。


「ねッ、オにぃチャんっ、せっかくだからさ占ってもらをョ」生萌が俺の左手の人差し指と中指をにぎる。


 あるいはその時に俺はその手をつかんだまま、あの場所から生萌を連れ走って逃げ出せばよかったのかもしれない。どこでもいい。どこか遠くの、誰も知る人のない町であれば。それだけの勇気があれば、それだけの希望が持てれば。どうして俺はためらっていたのだろう。今になってそう思う。


「何を占うんだい?」ババァはそう訊いた。言い出せない問いを抱いた俺が何も言い出せないままでいると生萌はあっさりと訊いた。

「オにぃチャんっと私、いつまで一緒にお風呂に入っていられるかナぁ?」


 言葉もないまま互いの手を強く握った帰り道、参道の入り口に立つ鳥居に近い、屋台も切れるあたりの古道具屋で、俺たちは揃いの銀のリングを買った。そして互いの左の指を銀の輪にくぐらせた。未来へと、絵に描いた餅のようなうすっぺらな希望へと繋がりたい、ただそれだけが願いだった。


 その夜、ひっそりと五人の魔王子の宇宙船が俺たちの村へ舞い降りる。それを知らず俺はただ、隣に生萌を乗せ赤い58年式プリマス・フューリーを走らせていた。あぜ道で切り取られた田んぼの水に映る月は真円、銀の光を放ち俺たちの薬指と一体になった指輪をキラキラとキラキラと揺らしていた。


 あの指輪が今、俺に向けてゆっくりとせまってくる。白銀の流氷、色を失った太陽、限りなく真っ白な光を照り返しながら、ジムさんの左の拳、その薬指におさまったあの夏の銀の指輪が俺に、俺に記憶を突きつけながら、生萌の指輪がなつかしく切なく笑いかけてくる。


 時間は正常な呼吸を取り戻した。

 ジムさんの左と俺の右がクロスするはずだった。だが千葉のクリニックで神経系にもテコ入れしてもらっていた俺は、右を瞬間で引きつつ左のショートフックを放る。あの夏のまま俺の体の一部となった銀の指輪をはめた左を……。

 俺たちの左と左が安値圏でゴールデンクロスした。

 瞬間、極北を極限まで白く塗りつぶすまばゆい光に飲み込まれる。


「バッローム!」


次回予告

指輪と指輪を合わせて銀色の巨人に変身した二人。キーワードは北斗と南斗。ロマンスは海から、バカンスも海からなのでもうちょっとお楽しみにっ!

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