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第一部 第一章 第十話 今なら印税率が3.5%割引!! 早い者がち

 サー・アーネスト・シャクルトンの偉業の詳細については伝記とか探検記を読んで勝手に感動しろ。それすら読めない奴は映画「シャクルトン奇跡の生還」を見て死んでくれ。そしてこの川筋で甦れ。とホワイティは言うがどういう意味だかよくわからない。おんぼろオキアミ加工工場鯨はそろそろ北極海で死に場所を見つける頃合かもしれない。


 とりあえず俺たちが北緯66度を過ぎてからやがて30分がたとうとしていた。そろそろ北極圏だ。俺は俺をすくい上げてくれた漁師からゆずってもらった底引き網を流そうと、ホワイティの背上でタメとマキの形を積み上げていた。シャクルトンには北を指さないコンパスを渡し、進路を保持できるかどうか奴の適正をみてみることにした。俺が最初の網の山を投げ入れた時、シャクルトンが声をあげた。


「見えたぞ!暗黒の塔が!」


 船乗りではない奴にはわからないだろうが、潮に洗われ目が詰まり、そのせいで細かいぬめりのでるサイボーグ鯨の背中は、かけぬけるには思うにまかせない。しかも俺のセグウェイのタイヤはこの気温のせいで内圧が下がりダラけていた。スローイン、ファーストアウト、スローイン、ファーストアウト! レ姉ちゃん、あんたの教えてくれたリズムを俺は今思い出したよ。アーサー、あんたともこの、誰をも受け入れないこの土地で思うがまま闘ってみたかったなぁ、二人だけでさ…。


 シャクルトンの叫びに気をとられるべきではなかった。そして奴のいる鯨頭に駆け寄るべきではなかったのだ。ダメな時にはダメなことが重なる。ダメな奴にはダメなことが続けざまにやってくる。突然の高い波にさらわれ、俺は北極圏の海に落ちた。ケツが流れた瞬間にカウンターをあて、タイヤのへトラクションをコントロールしようとしたが、寒冷地仕様ではないタイヤのグリップが予想外にもたなかった。思わず恨ミシュラン! 海面に落ちた瞬間から即座に俺は冷気を、深くまんべんなくニ千四十八方からシュライクの棘に全身を刺し貫かれているように感じた。


「オにぃチャーんっ!」


 その呼び声の、遠く遠くからのこだまが、沈む俺を呼んだのだろうか。俺は夢中でその声に向かい、俺を呼ぶ手をつかんだ。水面から浮き出ていた誰かの手を。


 シャクルトンに投網で引き揚げられ、俺のつかんだその手はあらためて見て黒かった。

 黒というより漆黒、漆黒というならその陰から影が忍び出るような、うらはらな暗黒。その暗黒にあえて名をつけるとするなら刻黒…。なぜならそれは時が過ぎるにつれ暗黒さを増してゆくから。北極圏のまばゆさを受け白にして反面黒、いや、それは暗黒を通り過ぎたあまりに白。黒、影、陰、滅、亡、邪を通り越し、遥か高みに躍り出てそれは逆光をうけて黒。なぜならここはすでに光と影の、生と死の、温もりと冷感の白と黒のエクスタシー。


「オにぃチャーんっ!」

 

 あの闘いの果ての永遠の一瞬、血しぶきと絶叫と宙を舞う四肢と、肉親への愛がまだ地に落ちぬ間に、聞こえたその声。そのたどり着いた振動。暗黒親の四家族がついに俺たちに刃を向けたことを明示するような予感さえさせる。そのうれしさに高ぶりながらも最高の最後の最善の喜びは死!死しかないのDEATH! 寒い寒い寒い……この寒さは何だ。なんだかにおそれおののいて、うわーって人間の尊厳もかなぐり捨てあわてて覆い隠したのだとか何とかそんなこと……。


 しかし俺が掴んだのは、シャクルトンが単眼望遠鏡を逆さに見て「暗黒の塔」だとぬかしたのは、波間から突き出た逃亡奴隷の黒人ジム・ボタンの腕でしかなかった。ずぶぬれの半凍りのジム・ボタンの横っ腹にひと蹴り、左のタイヤをくれてやった。


次回予告

北極の極心へ行くまでにもう何人か拾わねばならないのだが、こんなとこでどうやって人を拾えばいいのだろう。教えて、〇〇〇さん。記憶喪失と死んだふり以外の方法で。

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