第1部 第一章 第九話 この作品は柳の下に潜む2匹目の野性大ウナギ!
とりあえず漁協管理会の事務局長と話をつけ、港を出た俺とホワイティは列島沿いに北上しベーリング海峡を目指す航路をとった。だがホワイティの身柄引渡しの交換条件に事務局長に約束したオキアミの二次加工品60万トンのことを考えるなら南極へ向かったほうがよかったのだろう。外輪はただひたすらに水をかいて進んでいる。
そんなことを真剣に考えている自分を、ふと改めておかしく思う。物心ついたときからボタ山でボタを拾って、それを家に持ち帰り飯を食い、笑い泣き諭され学び、それを明日のボタ拾いに活かすあの頃の暮らしぶりから、俺はずいぶん離れたこんな現実感のないクラクラとゆられる海上に今はいる。あの確かな大地、明日も変わらぬはずの暮らし、父と母と姉と、べっ甲ぶちのメガネが愛くるしい妹……。
妹の名前は生萌といった。なまなましく萌え~と書いて生萌と呼んだ、俺に答えるあの声が今も胸を離れない。
「オにぃチャーんっ!」
放課後の校庭を走る生萌がいた。遠くで俺はいつでもキミを探してた。あの頃の俺はといえば安部光俊気取りでバンダナを巻きサングラスをかけ校舎のガラスを割ってはこんな街から飛び出して盗んだバイクで明け方にこっそり帰って来てた。おぉアンジェリーナ! キミは誰リーナ! 浅い夢だから…合唱!…合掌。
俺たちが初めてきちんと見つめ合ったのは、相手を存在ある者として意識したのは、初めて互いの心を覗きあうようにして、そして当然のように言葉も無く繋がれたのは、あのGINZAの紅茶のおいしい喫茶店でだったかもしれない。忘れもしない。並びの席の向こうには、うす緑色をしたふくれあがったカブトガニのようなオブジェがあったっけ。そしてそのオブジェに対面する席に一人の男が座っていたっけ、ねえララア……。
「オにぃチャーんっ!」
「誰か、誰か、こいつを助けてくださいぃっ!」そして俺はあの場所ではそう叫んでいたっけ。お前にはあの時の俺の叫びが聞こえなかったと思いたい。
「誰か、誰か、助けてくださいぃっ!」
唐突に現実の方角からそんな声が俺の耳に飛び込んだ。見るとホワイティの左舷ヒレの先端にボロをまとった男がつかまって助けを求めていた。
俺に? こんな俺に誰が助けを求めるというのだ。助けてほしいのは俺のほうなのに……。
こうしてサー・アーネスト・シャクルトンが、俺とホワイティの非常食として仲間に加わった。
次回予告
一向はひたすらに北を目指す。目的もわからぬまま、それぞれの定めに向かい……。その行く手に見える暗黒の塔。はたしてそれは彼らのたどりつくべき場所なのか?




