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「汽車男」筑豊篇  作者: アニー・ヨシムラ
第二部 第一章
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COUNT 6 闇の輝き

 礼儀正しい90度のお辞儀から頭を上げた黒人の変態火事馬鹿パンツマンがこっちを見つめてくる。

 ジムと名乗ったこいつは、生萌のパンツ被っててどんな表情してるのかわからない。けどあれは生萌の11枚あるうちのテンション#3の上物だったはず。偶然か目が利くのか、油断できない奴だ。帝国の農奴兵スチーム・トルーパーの標準戦闘装備の強POV外装をまとっている。体重も背も、歳にそんなに離れちゃいないだろう。体幹の揺れがないのはクローンの栽培トルーパーだからかと思ったが匂いはオリジナルで生身の人間だ。

 ざっと相手を値踏みしてると、すっと奴の身体から力が抜けた。そしてちょっと片方の口元を上げるとなめらかに喋り出した。

「やあ青年、いい夜だね。俺はジムってもんだ、改めてよろしく。あんたも小遣い稼ぎかい?」

 ため息が漏れた。アホだこいつは。訓練でない戦闘が進行している状況はリアルだ、持ち場を離れてひとん家でパンツ被ってひとりハッピーモードになってるうえに、自分が下着泥棒であり、盗んだ獲物をたっぷり楽しんだあとにパウチ包装、脱気し、変体少女フォントで書いた手紙を入れて箱詰めして村の送貨テーブル窓口預けの匿名発送で落札者に発送して表に出ない売上でFG2商品を買おうとしている変態バイヤーだと、聞かれもしないのに自己紹介している。親しみを勘違いした卑屈さがにじみ出ている。ここは初手から高圧的に押していく。

「こ、ここんばんは、こをここの新多村にいだむらの村長の家とししし し知っての物盗りな なの ですかっ!?」

 アホはため息ひとつ吐きながらうなだれた。

「チッ、なんだよ、あんたここの家の人かい? ご同業じゃねえのかよ」

 そう返されて腹の底でムカッとモヤが立ち膨らんだ。この家の長男として、心に隠していたその自覚を、この非常時だ、引っ張り出して口にした口上をこいつ舌打ちで流しくさった!

「ウヘヘへ、なんだよ。これかい? これは譲れねぇなあ、俺が先にもう見つけちゃったもんだからな」

 ジムはぺろりと舌を出して口を覆うパンツを脇からひと舐めし、左手の薬指にはめたシンプルな銀の指輪を屋根に開いた穴から夜空にかざすように光らせてうっとり眺める。弓なりに体を反らしたその様子を見て腹のモヤが二段階膨張した。変態行為に没頭していた痴態変態ガイは、畳の上にヘルメットとスチーム・ブラスターを放り出している。互いに畳一畳くらいの距離にある。

 それを確かめた視線を感じたのか、アホもブラスターにチラッと目を走らせた後、こっちを見つめ直すと肩を落として言った。


「何だよめんどくせえなあ、もう。こいよ」


 ヤツは片足を前へ軽く踏み出し腰を落ち着けながら、すっと左手をこめかみまで上げ、右手は顎の脇に、左半身に構えた。そして被ったパンツの穴から覗くその目をスっと細めた。

 その左手にはリングが、生萌と繋がるためのふたりの約束のリングが光っている。

 トントン ト トントンとヘンタイ泥棒はつま先で小刻みにリズムをとり始めた。コイツ怖え。さっきより目はひどく冷たい。やる気だ、パンツかぶったアタマがおかしい。マジもんのヘンタイのくせに堂々とひとん家で本気でステップ踏んでる。

 左にステップインのフェイント入れて外壁の穴にダイブしたら逃げれそうな気がするイメージをシミュレーションをしていたら、右側で何か音がし……


ド――――ン


 部屋が爆発した。

 外壁の穴からパイナップル手榴弾が飛び込んできて2秒おかずに炸裂した。瓦礫に打たれ煙に押され、壊れ残った数本の柱に火がついて、塵埃を透かしてヤツがいた場所を見るとジムの姿は消えていた。

 返せ、泥棒、お前がはめているそのリングは、リングは、世界でたったふたつの、生萌と、生萌と、繋ぐ、生萌と、生萌と …つなぐ。つなぐ…つな を繋ぐ……生萌と   を繋ぐ絆の指輪。

苦しい呼吸ができない喉の中で何かの塊が膨れる胸の哀しい中身がどんどん膨れ上がる閉じ込めろ目を向けるな忘れろ誰か誰か助けて誰か を。

誰かが――

「オにぃチャーんっ!」

 生萌だけがそう呼んでくれた。呼んでくれたんだ。だから行かないと。あの声に応えないと。今すぐにあいつのところへ。


挿絵(By みてみん)


 正気に戻って辺りを見回す。部屋の木材が炎にあぶられてバチバチいい始め火の粉が舞う。畳のあちこちがくすぶり始めた。ヘンタイボクサーが放り出したままのヘルメットが転がっている。ブラスターは見当たらない。ヘルメットをすくい上げ急いで外へ出た。暗い庭で、月光に白マットの帽体とスモークシールドが鈍く浮かび上がる。前面がフルオープンになる旧式のタイプだ。口元がやや重そうなのは吸気系エレメントが別体だから。

 混乱する頭に一旦ストップをかける。あてもなく無闇に走り回ったところで意味がない。情報が欲しい。試しにヘルメットを被ると角川兵の通信が聞こえてきた。


「…いは展開中、一桁号はまるにぃ戌制圧、再編、保守以外を二桁号の後方支援に送りました。二本足が押され気味、畜産部隊サービス求む。畳が堕ちーー」

 状況は悪くないみたい。無茶だと思ったけど持ちこたえてる。南と東側が帝国濃いみたいだ。OK。生萌が地下レイヤーに潜ってればよし。でなきゃあいつなら広場から上で刈ってるはずだ。それだけ確認したい。

 方向がみえてひと息ついたらわけわかんない事に気がついた。なんで、生萌の指輪をあのバ火事場のクソ野郎がはめていたのか。生萌が肌身離さず大切にはめているそれをどうやって火事バカエロ事師は手に入れた? ふとイヤな考えを思いつきそうになったが、いや、大丈夫だ、生萌ならあのクラスの変態なら目を合わせて2秒かからず終わらせられる。

 

 で、そもそも、帝国軍と青年団が闘ってるのはわかったけどけ発端はなんなのか。一週間くらい前から村の周りと、二層下のレイヤーに人が溜まって空気が熱っぽくなってた。気がついたら郡内のあっちこっちの村の部族から若いのがこの村に溜まってきてたけど誰もそれがなんなのか教えちゃくれない。話は回ってこない。

 ちょっと耕種部の共同育苗積立金をギってFG2(ファーマー学園2年女子)のスキントレースモンペ買って試し履きして教会裏の空き地でくねくねしてただけだのに、それをまるで犯罪でも犯したかのように詰められ非難され咎められ、シゲ兄ちゃんの口聞きでお情けで入れてもらってた青年団を2年前に排斥されてからは誰もなんにも教えてくれなくなった。よくいう村十分状態だ。


 状況を把握したい。ヘルメットのバイザーを下ろした。光学シースルーFMDフェイスマウンテッドディスプレイに標準帝国語表示で戦局スコア、兵密度、対兵流、コマンドらしき?データが揺らいでいる。こっちは学校行ってないんだ。数字矢印以外読めるかこんなもん。簡農語ならよかったのに。

 ほんとにね、学校行ったことないんだ。いや、行ったことはある。生萌が教室で勉強してるとこ窓から覗いて、誰もいない校庭でブランコこいだ。一人で。みんなと遊ぶのは、特に隠れん坊は嫌いだ。誰も名前を呼んでくれない。呼べない。そりゃそうだ、名前がないんだもん。

 午後早めに行くとたまに飯塚先生が給食余ったからってこっそり食わせてくれた。去年、センセイが中央に転勤しちゃったからそれきり食えてない。そういえば先生が言ってた。

「いい? キミはこれから死ぬほど頑張って、少しでも早くこの村を出るの。わかんないだろうけど、この村は、ここは、呪われてるの」

 先生はなんでか泣いていた。冬だったからしゃくりあげるのを我慢してる息が白かった。

「ごめんね私だけ逃げちゃうけど、怖くて。許してね、ごめん」

 顔をこっちに近付けてきてじっと見つめてくるけど、誰を見てるんだろう。後ろには誰もいないのに。

 

 さあ、まずは集会広場に向かってそこから上を捜そう。

 裏庭の奥へと向かう。大きな栗の木の下に建つ納屋兼ねぐらは無事だった。

 重い鐵色くろがねいろの引き扉を開けると〈クリスティーン〉は暗がりの中、ひっそりと大人しく待っていた。磨きぬいたクロームのパーツがキラリと輝き、フレームが小さく軋みをあげ、カタカタとライトが震えている。地面に接したタイヤから微かに血の匂いが滲み出す。胸いっぱいに吸い込んだ空気と一緒に鼻腔から喉が安心感で満たされる。


「ただいま、いいコにしてたかい?」


 なめらかなハンドルをひと撫でしてやって、オレは〈クリスティーン〉にまたがった。

(次回予告)魔王子たちの宇宙船が駐機している広場へ向かうが、そこで見つけたカワイイぬいぐるみはいったい。そして大切なパンツを取り戻すことができるのか?

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