COUNT TWO On A Bicycle Built for Two
角川ん家の屋敷森の角を直角に曲がって、そのまま真っ直ぐ。
この踏み固められた露土の道を一気に駆け上がると、小高い岡を越える途中から、いつもボタ山のてっぺんがせり上がり頭を覗かせた。
岡を登りきり息を切らして、そこから見下ろすと、あとは足元から一本の道が一直線に延びている。
遥か遠く遠くに銀の月、その手前に暗い暗いシルエットを見せるボタの山。
そしてその手前には俺たちの小さな集落の小さな小さなあたたかい灯がぽつんぽつんと、いくつもいくつもいくつもともっている。
懐かしい景色に飛び込むために、胸からこみあげたものに喉を締められるままにして、そのまま俺は一気にアクセルを踏み込み、岡の頂から坂を走り降りる。鼻歌を置き去りにしながら……
月の 光を 弾く オレは今 とがった銀の弾丸
あぜ 道は 約束の 地への誘~ 導 路
河の向こうは ジャージーの片
ベイビー キミを悲しませることは もうないゼ
いざ 新しい世界へ お連れしましょう と、
親切な月明かり は 分け隔てなく
ボクらを 地球の裏~ 表~
私を月まで 連れてって とは
AH~ 望まないけど どうか どうぞ
お願い せめて~ 攻めて~
後・前・裏・表 Ah~♪
イェ~~~~~!
【英訳】
I'm now a sharp silver bullet, bouncing off the moonlight.
The ridged road is a conduit to the promised land.
On the other side of the river is a piece of Jersey.
Baby, I won't lead you astray anymore.
Let me take you to a new world,
says the kind moonlight, without distinction.
Take us from the other side of the Earth to the front.
Take me all the way to the moon.
Ah, I don't want that, but please, please.
Please, at least, attack me.
Back, front, back, front. Ah~♪
Yeeeeeeee!
ド ン
180キロを超えた視界、ハイビームのヘッドライトが切り取る楕円の丸い光の中心を、何かの影が過ぎ去った、一瞬。
その瞬間、背を向けたこちらを驚いた顔して振り返ったのは、懐かしの角川のババア。
新月に向かい一直線に突き刺さろうとする勢いでトんでゆく角山ん家のオバアの黒い点は、月の光の逆光のなか視認性がとてもよかった。
そのままハネムーンにでも行けそうな軌道だったのに、だいたい6秒ほどで失速し30メートル先くらいにどんっと落ちてぜんぜん記録には及ばない。まったくの期待外れだ。
ルーン、ルーン、ルーン
俺は車をゆっくりと進め、前輪がちょうど仰向けに横たわるオバアの腹の上に乗ったところでブレーキを踏み、ギアをニュートラルに入れサイドブレーキを引いた。
角川ん家のオバアにはガキの頃から痛い目にあわされてきた。
角川ん家は帝国の離宮で、この一帯で広大な領土を持ち、小作人も五,六千人雇い、田畑や庭もよく手が入り作物や首が豊かに実っていた。それを当然、集落の子供らは狙っていた。もちろん大人たちもこっそり盗っていた。
田からは稲、畑からは麦、芋類、豆類、とうもろこし、南瓜、西瓜、庭からは栗、柿、アケビ、イチジク、ザクロ、グミ、若奥さんの黒い下着、たまに間違ってオバアの腰布。
それらを一手に阻止、取り締まっていたのがこのオバアだ。
桑の実を採ろうとして5つの時、捕まり、このオバアに右腕の上腕骨を砕かれ両足の膝裏の腱を切られた、あの痛みは忘れちゃいない。あの時ババアは嬉しそうに目に涙を浮かべていた。
このラッキーに口元が薄ら笑いでゆがむ。肩が揺れる。
クスクスッ、サンキューこんばんは、ラッキーババア、俺は祝福の使者。
しかしこの糞婆はこんな遅い時間に何で敷地から出ていやがったのか。逆夜這いにでも出かけるところだったのか。
俺の磨き抜かれた野性のシックスセンスが<ささやく>。
もうすぐ五人の魔王子が降りてくる。
そもそも奴らはなぜ何のためにこんなしょうもない村を襲った? 暇つぶしの遊びにたまたまこの地が選ばれた? 古い友達に会いに来た? ピクニックに出かけた帰り道、ゴミでも捨てるために立ち寄った?
<ささやき>に導かれ俺の視線はババアが握っている、★型のライトヘッドがついたスティックにピントが合った。
♩=96のテンポでその★が赤い光を明滅させている。
よく魔法少女が変身に使うアレだ。こいつアレか? 熟れたてフレッシュか?
真上に空を見上げる。街と違ってこの田舎村の街道には街灯など立っていない。
暗い夜のその向こう、遠く深く広がる暗い空間と輝く星、星、星。奴らは、五人の魔王子たちはこのいっぱいに散らばる星々のどこかからやって来た。ある夜、突然……。
突然? 突然だったのか? 星々と、赤い光を放つ★。
必然だったのか。魔王子たちをこの村へと呼び寄せたのはこいつだったのか。
眩暈をおこしながら俺はボンネットに飛び上がり、そこでセグウェイ・ヒンズースクワットを始めながらオバアに声をかけた。
「1、2、3、オバアー! 元気してたー?」
「……」
「1、2、3、何とか言えよー、ダアー!」
「…っげ、ぐげふ。おめえ、だ 誰だ?」ババアがヒールのように口から血をしぶきながら言葉を吐き出す。
「1、2、3、俺だー、この顔を見忘れたかー、ダアー!」ワルツのリズムでちょっと困った顔して尋ねる俺。
「し、…知らん、げふごブ。おめなんぞ!」
正面から俺の顔を照らしつける新月の光は強く、オバアに俺の顔が見えないはずもない。
耄碌したのか? いや、ここはこの時は、俺が18になった歳の時代、まだオバアの頭は健在だったはず。なら俺の顔がわからないはずもない。
しらばっくれていくさる、この性悪ババア! ぬっ殺してやる! 俺はサイコガンを抜こうと右手を……
「やめてっ!やめなさいっ!」
ころがりまろびつつフロントグリルの前、月光の下に照らされてオバアを覆うように身を投げ出したのは、角川ん家の若奥さんだった。
歳は俺とそう変わらない20代半ばくらいか。ふっくらと後にまとめた亜麻色の波打つ髪艶と、長い睫毛に切れ長の目から覗く瞳は月光を反射し、首元にペンダントを光らせ哀願の表情を浮かべて俺を見上げるその表情はエロかった。
うつぶせにオバアにかぶさるようにしたその黒い着物姿の細い腰から下の、丸い量感から下につながり流れる細く柔らかな曲線。割烹着と着物のすそはめくれあがり、月光に明るく照らされて爆発する白い白い膝の裏!
そして左足の黒足袋は脱げ、薄く汚れた足の裏が、裏が、誘うようにいたずらな輝きを覗かせている。
ごくりとひとつ唾を呑み込み、問いかけた。
「この後、五人の魔王子がこの集落を襲う。あんたが選べるのは五人の魔王子に襲われるか、それとも今、俺に襲われるか、だ」
「ヒイーーーーーーーッッッ!イヤッ、堪忍してーーーーーッ!」
オバアが上げた悲鳴は、今夜の月夜を裂くにはあまりにか細すぎた。
(次回予告)1人vs5人、あなたは襲われるならどっち? 奥さんの運命は? そしてオバアの不可解な反応は?




