第一部 第一章 第四話 おれの名をいってみろ!!
「名無し、名無しったら! もう、早く起きなさいよ! 奴らが来るのよ、ホラ、カエル野郎のフリゲート艦に並ばれちゃうったら。よ~し、どーしても起きないんなら、おちんちん食べちゃうぞ~」
ザバザバと海水が俺をうつ、くらくらと旋回沈降しながらインメルマンターンに強引に持ち込んだように俺の意識も浮き上がってきた。それにつられて俺の体も上へ上へと昇っていく……。
ゆっくりと目を開けると、俺の股の間に顔をうずめるようにしている康司がいた。
だが康司には顔がなかった。いや、かろうじて首から上、下顎と舌があるだけではじけてしまったあの愛くるしい目鼻はそこにはもうなかった。あるのははびちびちと踊る崩れた肉の花と、血と黄色い歯とひらひら揺れる舌だけ。
「あー、やっと起きた。このお寝坊めっ!」
ぴゅっぴゅっと喉元から血を噴き出し、くらくらと首をゆらしながら康司は振り向いた。
「よおー、康司ー。どうしたー? 今日はご主人様と一緒じゃないのかー?」そう口をついて出た言葉の意味することが何なのか俺自身もぼんやりと考えているうちにすっと目が覚めた。
康司が組み伏している体が身に着けている、あのブーツ、あのタイツ、あのベルト、あの下半身は、キャンディー、俺の下半身じゃないか。俺はいっぱいいるボディガードなんだ!
ブーツはストラップのついたハーフカットの黒のウエスタン、あの日フィッシャーマンズ・ワーフでスーズが俺にプレゼントしてくれたもの。タイツはアムステルダムの露天でスーズとおそろいで買ったフレディーのパッチもん。あのベルトはアメ横の路地裏の店で特別にしつらえさせたもので、バックルの瑪瑙の飾りの裏にはミノックスが仕込んである。そしてそのすべてを身に着けたあの下半身は、23年つきあってきた俺の下半身……。
「康司っ!今日は何日だっ!?」俺は怒鳴らずにはいられない。
「あたいがどれだけ心配したと思ってるの? このイケズ! もう、あたい死ぬほど心配したんだからっ! 何さあんたなんてどこへでもいっちゃえっ!」その安堵の入り混じった泣き笑いの声と共に仁丹を康司にぶつけられた。
「どこへでもいっちゃえ。じゃなきゃ、じゃなきゃあたいはここにも、どこにもいられないじゃない」
とたんに目の前で数万のフラッシュがたかれたような光に目くらまされ、さっと銀色の幅広の幕が俺の目を覆い、脳の裏側へと抜け去った……。
次回予告
苦手な仁丹によりテレポートしてしまったトーマスは時間の墓標をくぐり禁断の紀州胎内道にあらわれる。しかもその手には仁の文字が浮かぶスーシンチューが握られていた!




