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第八話 創名

深夜二時。

草木も眠る丑三つ時。だが、今の俺にとっては、一日のうちで最も過酷で、最も死に近い時間だった。

場所は、前回と同じ山奥の廃工場。周囲には我藤によって人払いと防音の結界が張られており、俺たちの怒号と破壊音だけが、誰に届くこともなく夜の闇に吸い込まれていく。


「――で、とりあえずお前の『()()』はなんだ?」


休憩中、煙草に火をつけながら我藤が唐突にそう切り出した。

紫煙をくゆらせるその顔は、ただの雑談といった風情だ。だが、俺は肩で息をしながら、きょとんとした顔で聞き返すことしかできなかった。


「創名……ってなんです?」

「は?」

「え、なんでそんなゴミを見るような目で見るんすか」

「……お前、マジで言ってんのか?」


我藤さんが信じられないものを見る目で俺を凝視した。煙草を持つ手が空中で止まっている。


「そんなことあんのか? いや、こいつなら……あり得るのか……?」

「ちょ、なにボソボソ言ってるんですか? 怖いんですけど」

「……いいか、よく聞け。創造神とのパスが繋がった時、能力の使い方はおろか、その能力の名前や由来といった基本情報は、魂に刻み込まれる形で自然と理解できるもんなんだよ。その時刻まれた能力の名前を創名って呼んでんだ」


我藤の説明に、俺は記憶を辿る。

あの日、あの儀式で俺が見たのは、底なしの沼のような暗闇と、光のない瞳をした俺自身だった。

あいつは確かに何かを語りかけてきたが、それは「重さを背負え」だの「理想はなんだ」だの、抽象的なことばかりだった気がする。


「え? じゃあ俺、なんかマズいんですか?」

「本来なら、能力の詳細とかもあの瞬間に頭に入るはずなんだが……お前、本当に何にも感じなかったのか?」

「……俺はただ、鎖が暴れ回って、必死に抑え込もうとした記憶しか」

「そういうことか。つまり、お前は無免許運転で暴走トラックを乗り回してたわけだ」


我藤は深いため息をつくと、ガシガシと頭を掻いた。


「まぁ、こういうイレギュラーな前例はないわけじゃないらしいがな」

「なんだ、あるなら安心っすね」

「そいつはもう死んでるがな」

「へ、へー……」


背筋に冷たいものが走る。


「目が泳いでるぜ」

「もちろん、寿命で……ですよね?」

「…………」

「ちょっと! 無言で視線を逸らさないでくださいよッ! 明らかにろくな死に方してない間じゃないですか!」

「まぁ、とりあえず他の奴に比べてお前は『自分の能力の正体を知らない』って点で、スタートラインからして不利ってわけさ」

「答えてくださいよッ!」


俺の悲痛な叫びを無視し、我藤は煙草を携帯灰皿に押し込むと、パンと手を叩いた。


「とりま、お前にはその能力――鎖の制御だけを集中してやってもらう」

「制御って言っても……俺、普通の出力調整すらできてないらしいんですけど」

「ああ、見てりゃわかる。お前の鎖はとにかく質量がデカすぎる上に、燃費が悪すぎる」


我藤が指を一本立てる。


「通常、創造力ってのはもっと繊細なもんだ。形を変えたり、解釈を広げたりしてな。だが、お前の鎖はとにかく強力で原始的だ。小細工をする余地がねぇ」

「それ、褒めてます?」

「褒めてるわけないだろ。だが、逆を言えば『出す』か『引っ込める』か、やることは単純だ。とりあえずあれを制御できれば、自然とそれ以外の創造力の扱い方もコツが掴めるはずだ。……おそらく」

「おそらくって……。まぁ、何もしないよりはマシか」


俺は地面に座り込んだまま、ため息をついた。

これから毎日、この男とマンツーマンで死にかけの特訓をするのかと思うと、気が遠くなる。


「……なぁ、我藤さん。前から気になってたんだけど」

「あ?」

「レイよりは、こうして手取り足取り教えてくれるからマシかなって思ったんだけどさ。レイって、俺より年上ですよね?」

「えっ?」


我藤が素っ頓狂な声を上げた。


「あいつ、まだ卒業したばっかの新米執行者とかじゃないのか?」

「……ブッ、クククッ!」


我藤が腹を抱えて笑い出した。


「おいおい、傑作だな。レイさんが新米? 卒業したて?」

「違うのかよ。だって見た目は俺と変わらないくらいの大学生くらいに見えるし……」

「あのな、輪。あの人は俺がまだ天令の学生だった時から、第一線で執行者やってる古株だぜ」

「はあ!?」


俺は驚きのあまり声を裏返らせた。

我藤さんの年齢は知らないが、見た目からして三十路手前……いや、三十代半ばはいっているはずだ。その彼が学生の頃から執行者?


「あの人、いくつなんですか……」

「さぁな。あの人の老けなさは天令の七不思議に入るって聞いたぜ。不老の能力でも持ってんじゃねぇかって噂もあるくらいだ」

「マジかよ……」


底知れない。

あの優男風の見た目の裏に、どれほどの時間を積み重ねてきたというのか。

天令学園。そこは俺の常識が通用しない、化け物たちの巣窟なのだと改めて思い知らされる。


「無駄話はそこまでだ。休憩終わり!」


我藤が手を叩き、空気が一変する。

先ほどまでの雑談モードは消え失せ、肌を刺すような殺気が膨れ上がる。


「いいか、今夜の目標は『鎖を三本出す』ことだ。暴走させたら即座に俺が叩き潰す。死ぬ気で抑えろ」

「……了解!」


俺は立ち上がり、右手に意識を集中させる。

重く、冷たく、そして熱い。矛盾した感覚が血管の中を駆け巡る。


「こいッ、俺の鎖……!」


夜の廃工場に、今日何度目かわからない轟音が響き渡った。

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