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第五話 試験

「……本当に、ここなのか?」


休日の昼下がり。喧騒から外れた都市の裏路地で、俺は古びたレンガ造りの壁を見上げていた。

周囲には人気がなく、苔生したコンクリートの匂いだけが漂っている。どう見てもただの行き止まりだ。学校どころか、建物の入り口すら存在しない。

胸ポケットから、あの夜に渡された黒いカードを取り出す。

当初『天令 選抜試験』と今日の日付しか書かれていなかったそのカードには、今朝になって突然


『指定時刻に、桜町旧第三路地の突き当たりへ。壁にカードをかざせ』


という銀色の文字が浮かび上がっていた。

俺は半信半疑のまま、指定されたレンガの壁に向かって黒いカードを突き出した。

――瞬間。

壁の表面に水面のような波紋が広がり、レンガの模様が渦を巻いて溶けていく。その奥から、本来そこにあるはずのない()()が口を開けた。


「……行くしかない、か」


父さんとの約束を胸に、俺は意を決してその歪みの中へと足を踏み入れた。

薄暗いトンネルを抜けた先には、見上げんばかりに巨大な、闘技場のような建造物がそびえ立っていた。


「無事に辿り着けたようだね。歓迎するよ」


呆然とする俺の耳に、涼やかな声が届く。

振り返ると、仕立ての良いロングコートを纏った金髪の青年――レイが微笑みを浮かべて立っていた。


「あんたは、レイ……!」

「ああ。ここは天令学園の第一修練場だ。僕の案内はここまで。それじゃ、あとは試験を頑張ってね」

「……は?」


ひらひらと手を振り、レイは踵を返した。

待て待て待て。


「おい、ちょっと待ってくれ! 試験って何を――」

「健闘を祈るよ」


レイの姿が、陽炎のようにブレて完全に消失した。

あとに残されたのは、右手を伸ばしたまま硬直する俺だけ。


「……嘘だろ。何の説明もなしかよッ!?」


俺は頭を抱えた。

推薦状を渡してきた時も唐突だったが、いくらなんでも雑すぎないか? これから俺は何をすればいいんだ。


「困っているようだね。案内人に置いていかれてしまったのかな?」


不意に、背後から声をかけられた。

振り返った俺は、思わず目を瞬かせた。

そこに立っていたのは、俺より頭一つ分は背が高い、同年代の少年だった。

少し長めの黒髪を後ろで緩くまとめており、中性的でありながらも芯の強さを感じさせる、息を呑むほど整った顔立ちをしている。

まるで、童話の挿絵から抜け出してきた『王子様』という言葉が、そのまま服を着て歩いているような出で立ちだ。


「初めまして。僕は鳴神 悠真(なるかみゆうま)。君と同じ、今日の試験を受ける受験生だよ。よろしく」

「あ、ああ……俺は環輪だ。その、あんたも受験者なのか?」

「うん、そうだよ。……輪の推薦者は、随分と放任主義みたいだね。僕は事前に色々と聞いてきたから……まあ、これも何かの縁だし、分からないことがあれば聞いてよ」


悠真は嫌味のない、爽やかで少し砕けた微笑みを浮かべた。

出会って数秒で下の名前呼び。距離の詰め方がやけに自然で、嫌な感じが全くしない。同じ推薦組なのに、事前の説明量に雲泥の差があるらしい。あの金髪、本当に適当な仕事してんな……。


「ありがとう、鳴神。正直、何から何まで分かってなくてさ」

「悠真でいいよ。ここはこれから、僕らの『器』を測るための場所らしい。……おっと、お喋りはここまでのようだね」


悠真が視線を向けた先。

修練場の中央に、軍服のようなカッチリとした制服を着込んだ、筋骨隆々の大男が歩み出てきた。顔には大きな傷跡があり、歴戦の猛者といった空気を纏っている。彼が今回の試験官らしい。


「これより、推薦生を対象とした『実力測定試験』を行う!」


試験官の野太い声が、修練場に響き渡った。集まっていた数十人の受験生たちが一斉に姿勢を正す。


「お前たちは理を書き換える力に目覚めた『()()()』だ。」


試験官が背後のスイッチを押すと、床から身の丈三メートルはある巨大な石人形ゴーレムがせり上がってきた。


「あれは衝撃を吸収し、お前たちの力を数値化する特製の標的だ。お前たちの持つ()()()()()()()()だけを、あの標的に叩き込め。ただし――」


試験官はギロリと受験生たちを睨みつけた。


「この検査で測るのは、単なる出力だけ()()()()()お前たちが放ったエネルギーを、どれだけ無駄なく標的に伝えられたか。その効率とコントロールだ。たとえ10の力を出しても、周囲に5漏らしてしまえば、お前は半分しか力を使えていないことになる。己の力をどれだけ精密に御せるかを見せてもらおう」


静まり返る修練場。

試験官が名簿を読み上げ、一番から順に受験生たちが標的の前に進み出る。

皆、得意な己のエネルギーを最も効率よく標的に伝えるための工夫を凝らしていた。

ある者は空手のような正拳突きの構えを取り、またある者は鋭い蹴りのモーションで打ち出していく。形を持たないエネルギーを精密にコントロールするには、パンチや蹴りといった、自分が最も扱い慣れた身体の動作に乗せて放つのが一番やりやすいのだろう。


「受験番号一四番、鳴神悠真」

「はい」


名前を呼ばれた悠真が、静かな足取りで前へ出る。

彼は標的の前でスッと目を閉じ、軽く右手を前にかざした。

瞬間、修練場の空気が微かに震えた。だが、それは決して周囲を威圧するような荒々しいものではない。


「――ふっ」


彼が短く息を吐き、右手を振り抜く。

重い衝撃音と共に、巨大な石人形が大きく後ろへ仰け反り、表面に深い亀裂が走った。


「……ほう。出力は申し分なし。何より、放ったエネルギーの漏れがほぼゼロだ。完璧なコントロールと言っていい。」


厳格な試験官が、目を見開いて頷いた。

周囲の受験生たちからも、ざわめきが起こる。素人の俺から見ても、無駄が一切ない、研ぎ澄まされた刃のような一撃だった。

悠真はこちらに戻ってくると、


「輪の番だね。頑張って」


と爽やかに笑いかけてきた。


「受験番号十六番、環輪」

「っ、はい!」


俺は深呼吸をして、巨大な石人形の前へと歩み出た。

目を閉じ、全身の筋肉を弛緩させてから、ゆっくりと呼吸を整える。

重心を落とし、右拳を引き絞る。血液が沸騰するような熱が、心臓から駆け上ってくる。


「おおおおおおおッ!!」


俺は床を蹴り、全力の右ストレートを巨大な石人形の胴体へと叩き込んだ。

――

修練場全体を揺るがすような、凄まじい爆発音が轟いた。

俺の拳が触れた瞬間、石人形の表面が悲鳴を上げるように明滅し、次の瞬間、内側から完全に弾け飛んだのだ。


「なっ……!?」


粉々に砕け散った石人形の破片が、雨のように降り注ぐ。

放たれた拳は標的を貫通し、その後方にある修練場の防壁にまで到達して、深々と巨大な亀裂を走らせた。


「はぁっ……はぁっ……」


土煙が晴れた後、俺は右腕を抑えながら膝をついた。

凄まじい反動だ。腕の骨が折れていないのが不思議なくらい、筋肉が悲鳴を上げている。

静まり返る修練場で、試験官が手元の計測器と、完全に半壊した標的の残骸を交互に見比べた。

そして、呆れたような、ひどく険しい顔で俺を見下ろした。


「……馬鹿野郎が。貴様、死にたいのか?」


怒声ではなかった。だが、背筋が凍るような冷たい指摘だった。


「お前の瞬間的な出力は間違いなく規格外だ。だがな、エネルギーの漏れが酷すぎる。10の力を出すのに、周囲にその倍以上の力を垂れ流している状態だ」

「なっ……」

「それに、お前の持つエネルギーの総量は、他の連中と変わらん。ただの並だ。総量が並なのにも関わらず、無駄だらけの最大出力をぶっ放す。つまり、底も見えずにタンクの蛇口を全開にしてぶっ壊しているようなものだ。……燃費が最悪すぎる。コントロールできなければ、いずれ自滅するぞ」


試験官は手元の端末を操作し、冷徹に言い放った。


「その力は現状、自殺行為に等しい。……まあいい、出力検査は終了だ。次のテストに移る」


♦♦♦


その後も、試験は立て続けに行われた。

まずは基礎身体能力の測定。50メートル走に始まり、障害物走、重り上げなどだ。

だが、ここに関しては俺の独壇場だった。


「100キロの重りを担いで反復横跳び!? なんだあいつの体力……」

「あの環ってやつ、バケモノかよ……」


周囲が息を上げる中、俺は涼しい顔でメニューを消化していく。

伊達に毎日タイヤ引き10キロと坂道ダッシュを繰り返すラーメン部の地獄を生き抜いてきたわけじゃない。フィジカルだけなら誰にも負ける気はしなかった。

驚いたのは、あの涼しげな顔をした悠真も、俺にピッタリとついてくるほどの高い身体能力を見せていたことだ。

身体能力テストの後は、思考の柔軟性を測るテストだった。

理を書き換える特殊な力を使うこの学校では、凝り固まった思考は命取りになるらしい。

限られた道具だけを使って複雑な立体パズルを解いたり、絶えず構造が変化する仮想の迷路を抜けたりと、頭を極限までフル回転させるような課題が次々と与えられた。

頭脳労働に少し手こずったものの、なんとかすべての試験プログラムが終了した頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。


「……死ぬほど疲れた」


俺は修練場の廊下で、壁に寄りかかりながら深く息を吐いた。


「お疲れ様、輪。出力検査の時はヒヤヒヤしたけど、身体能力テストは圧巻だったね」


悠真が、自販機で買ったスポーツドリンクを差し出してくれる。


「サンキュ。お前もすげえ動けてたじゃねえか。……でも、俺のあのバカみたいな燃費の悪さじゃ、合格できるかどうか」

「大丈夫だよ。輪のあの力は、絶対にこの先必要になる。僕はそう思うな」


悠真の言葉には、不思議と人を安心させる説得力があった。

だが、試験官に突きつけられた『自滅するぞ』という言葉が、まだ重く腹の底に残っている。

果たして、俺は天令の学生として認められるのか。

そして、自滅と隣り合わせのこの力を抱えたまま、どのクラスに放り込まれることになるのか。


――それから、数日後。

俺の『創造者』としての運命が決まる、合格発表の当日がやってきた。

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