表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/4

第二話 星と覚悟

翌日。世界は何事もなかったかのように、平然と回っていた。

 商店街の規制線も、朝のニュースで流れる「ガス管の老朽化による爆発事故」という報道も、すべてが昨夜の出来事を隠蔽するための安っぽい書き割りのように見えた。

 クラスメイトたちは「怖かったよなー」「あの店コロッケうまかったのに残念」と、あくまで日常の延長線上のトラブルとして消費している。

 だが、俺の胸ポケットにある黒いカードだけが、あの非日常が紛れもない現実だったことを告げている。

 指先で硬質な感触を確かめるたび、昨夜のレイの言葉が蘇る。

『君の理想を叶えるための鍵になるかもしれないよ』

 俺はため息をつき、頬杖をついて窓の外を眺めた。

 平和だ。あまりにも平和すぎて、逆に嘘くさく感じるほどに。


♦︎♦︎♦︎


 昼休み。

 俺は購買で買った焼きそばパンを齧りながら、中庭を見下ろす渡り廊下を歩いていた。

 ふと、視界の端に違和感が引っかかった。 


「……なんだ、あの子」 


 俺の足が止まる。

 中庭のベンチに、見慣れない女子生徒が一人、座っていた。

 黒を基調としたセーラー服のようなデザインだが、袖口や襟元に金色の刺繍が施されている。明らかにウチの制服じゃない。

 だが、違和感の正体は服装じゃなかった。

 彼女だけ、周囲から色が浮いているように見えたのだ。

 腰まで届く艶やかな黒髪は、陽の光を吸い込んで青く輝いている。陶器のように白い肌は、血が通っているのか不安になるほど透き通っていた。

 喧騒の中にあって、彼女の周りだけ音が遮断されたような静寂が漂っている。

 分厚い洋書を読んでいるその横顔は、ガラス細工のように美しかったが――俺の本能が、「関わるな」と警鐘を鳴らしていた。

 まるで、昨日の化け物と対峙した時のような、肌が粟立つ感覚。

 猛獣の檻の前に立った時のような、原初的な畏怖。

 彼女がふと顔を上げ、校舎の3階にいる俺の方を見た気がした。

 俺は咄嗟に身を引いて柱の陰に隠れる。

 心臓が早鐘を打っている。冷や汗が背中を伝う。

……気のせいだ。昨日の今日で、神経が過敏になってるだけだ

 そう自分に言い聞かせ、俺は逃げるように教室へと戻った。


♦︎♦︎♦︎


 放課後。

 教室に残った俺は、参考書を開きながらも全く集中できずにいた。

 シャーペンの先がノートの上を滑るだけで、数式が頭に入ってこない。

 俺はポケットから黒いカードを取り出し、西日にかざした。


「天令学園……」


 本当に行くべきなのか。今の日常を捨ててまで?

 俺はただ、美味しいラーメンを食べて、適度に運動して、たまに人助けができればそれで満足なはずだ。

 それなのに、何故こんなにも心がざわつく?

 

キッーー


 突如、鼓膜を突き刺すような高周波音が響いた。


「ッ!?」


 俺は椅子を蹴倒す勢いで立ち上がった。

 教室にいる他の連中は気づいていない。談笑したり、スマホをいじったりしている。

 俺にしか聞こえない音。いや、音じゃない。

 これは空間が悲鳴を上げている振動だ。昨日と同じ、あの不快な感覚。


「まさか……ここにかよッ!」


 俺は鞄を掴み、教室を飛び出した。

 廊下を全力疾走しながら、音の発生源を探る。

 北校舎の二階。特別教室棟の奥――家庭科室の前だ。


「おい輪! どこ行くんだよ!」


 友人の声を振り切り、俺は階段を三段飛ばしで駆け下りる。

 ふざけんな。ここは俺の学校だ。俺の日常だ。

 あんな化け物に、好き勝手させてたまるか!

 人気のない特別教室棟の廊下へ滑り込む。

 夕日が赤く染める家庭科室の前。

 そこの空間が、蜘蛛の巣状にヒビ割れていた。

 メリメリとガラスを噛み砕くような音を立てて空間が砕け、その奥から赤黒い粘液のようなものが滴り落ちる。


「ギチチチッ……!」 


 這い出してきたのは、小型犬ほどの大きさの『破壊者』の群れだった。

 節足動物のような多脚を持ち、カチカチと顎を鳴らして家庭科室の扉を食い破ろうとしている。


「くそっ、やっぱり出やがった!」


 俺は鞄を放り投げ、ファイティングポーズを取った。

 だが、その視線の先に――先客がいた。

 昼休みに見た、あの黒い制服の少女だ。

 彼女は逃げるでもなく、腕を組みながら退屈そうに化け物の群れを見上げていた。


「おい! 何やってんだ、逃げろ!」


 俺は叫びながら、少女と化け物の間に割って入ろうと駆け出した。

 あの子が何者かは分からない。だが、あんな華奢な体で化け物の前に立っている。守らなきゃいけない。

 昨日の感覚を思い出せ。熱くなれ。

 右手に力を込めろ。 

昨日のように拳を熱くさせるイメージをする

……くそっ、何も起きない!

 昨日のような不思議な力は湧いてこない。右腕はただの普段通りのまま。

 だが、止まるわけにはいかない。

 力が出ないなら、俺自身の身体でやるしかない。

 毎日鍛え上げた筋肉繊維。タイヤ引きで培った足腰。

 このフィジカルだけで、ねじ伏せる!


「おおおおおッ!」


 俺は床を蹴り、爆発的な加速で距離を詰める。

 筋肉が軋み、アドレナリンが全身を駆け巡る。このまま蹴りで先頭の一匹を吹き飛ばす!

 俺が突っ込もうとした、その瞬間。

 背後から、呆れたような、それでいて鈴の音のように冷徹な声が聞こえた。


「――()()。どいてて」


 次の瞬間、俺の横を一条の光が追い抜いていった。

 いや、光ではない。

 それは少女の指先から放たれた、無数の『流星』だった。


「掃討する。――『流星雨(スターレイ)』」


 彼女が空を指差すように手を掲げ、それを指揮棒のように振り下ろす。

 ただそれだけの動作だった。

 だが、世界が一変した。

 少女の頭上にいくつもの光輝く球が展開される。

 そこから放たれたのは、雨のように降り注ぐ高密度の光弾。

 一つ一つが、まるで夜空から堕ちてきた星そのもののような輝きと熱量を帯びている。


 圧倒的な光の暴力。

 俺が肉弾戦で挑もうとしていた破壊者の群れは、反撃の隙はおろか、悲鳴を上げる暇さえ与えられなかった。

 光の雨に打たれ、その肉体は瞬時に蒸発し、蜂の巣にされ、跡形もなく消滅していく。

 廊下の床が抉れ、土煙の代わりにキラキラとした光の粒子が舞い上がる。

 数秒後。

 そこには、静寂だけが残っていた。

 化け物は完全に消滅し、床には焦げ跡だけが残っている。


「は……?」


 俺は踏み出した足を止めることも忘れ、呆然と立ち尽くしていた。

 なんだ、今のは。

 俺が命懸けで殴って、やっと倒せるかどうかの相手を。

 指先一つで? 魔法みたいに?

 少女はふう、と小さく息を吐くと、乱れた黒髪をかき上げながら俺の方を向いた。

 その瞳は、一番星のように鋭く、冷たい光を宿していた。

 近くで見ると、息を呑むほど整った顔立ちをしている。だが、その美貌は人間味を感じさせないほど無機質だった。


「そこの学生」


 彼女は俺の胸ポケットから半分飛び出していた黒いカードに視線を走らせ、少しだけ目を細めた。


「……なんだ、()()()()か。通りで見えてるわけね」

「お前……誰だ? 今の光は……」


 俺の問いに、彼女は淡々と答えた。


「天令学園、一年。実地訓練中の、星名 星羅(ほしな せいら)


 星名星羅。

 彼女は俺を見下ろすように、冷酷な事実を告げた。


「忠告しておくけど、今の契約も結んでいない半端な状態で戦場に出ないで。死ぬわよ」

「けいやく……?」

「それすらも知らないの?あなたの推薦者はなにをしているのだか」


 彼女は興味を失ったように踵を返し、夕闇の中へと歩き出す。


「覚悟もなくこちら側にくるなら、大人しくお勉強でもして――」 


 彼女の言葉を遮るように、廊下の空気が一変した。

 さっきまでの重苦しい圧迫感とは違う。

 もっと湿った、肌にまとわりつくような冷気。まるで、お化け屋敷に足を踏み入れた時のような、生理的な嫌悪感。

 破壊者が消滅したはずの空間に、白いもやがかかり始める。


「……なによ、これ」


 余裕綽々だった星羅の足が止まった。

 彼女は眉をひそめ、周囲を見回す。 


「破壊者の気配じゃない……。これは、もっと別の……」


 靄の中から、ゆらりと影が現れる。

 それは不定形で、まるでノイズの混じった映像のように輪郭がぼやけていた。

 

「まさか……化心体(けしんたい)!?」

 

星羅の声が裏返った。


「けしん……たい?」

「人の噂や伝承、信じる心から生まれる概念存在よ! 普段は人に見えることもないし、危害も加えないはずなのに……!」


 星羅が後ずさる。その白い肌が、さらに青ざめていくのが分かった。

 影がゆらりと揺れる。

 そこには目も口もなかったが、強烈な殺意だけが、狂ったように放射されていた。


「嘘でしょ……破壊者にあてられて狂化してるの!? こんなの、管轄外よ!」


 星羅が慌てて構え直すが、その指先が微かに震えているのが見えた。

 先ほどの圧倒的強者の余裕が消え失せている。

破壊者とは根本的に異なる、精神を侵食するような恐怖。

 俺は本能で理解した。

 これは、マズい。さっきのとは次元が違う。

 彼女の力が通じる相手なのかすら怪しい、得体の知れないナニカ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ