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吸血騎士は日陰に生きる~妹を守るために吸血鬼になった兄、昼間は穀潰し扱いですが夜は最強です~  作者: 石田おきひと


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第5話『意外な登場』

 翌朝。


「おはよう。遅れて悪かったな」


 爽やかな朝の日差しが荒野を照らし出すと同時に、アッシュは変身を解いて、アリアたちがいる野営地へ姿を現した。


 とっくに街に帰還したと思われていた『穀潰(ごくつぶ)し』の意外な登場に、冒険者たちの驚きもひとしおだった。


「おわっ!? あ、アッシュ!? なんでここに!?」


「昨日言っただろ。後で追いつくって」


「追いつくったって……どうやって!?」


「夜通し歩いたんだよ。大変だった」


「大変ってレベルじゃねえだろ!? 道中、魔物はどうしたんだよ! 一匹も出くわさなかったってのか!?」


「運がよかった」


 質問の嵐を適当にやり過ごしていると、全身擦り傷だらけのダンがやってきて、アッシュの姿を上から下まで見回した。

 

「……ふん。思ってたより、根性あるじゃねえか。ちっとは見直したぜ」


「お前もな、ダン。昨晩の特攻は見てたが……いや、よくその程度の傷で済んだな」


「たりめーだろ! 鍛え方がちげえんだよ!」


 ムキッと二の腕の力こぶを膨らませるダンに苦笑しつつ、アッシュは未だ見当たらない妹の所在を尋ねる。


「アリアはどこだ? まだ寝てるのか?」


「おう。アリアちゃんは好きなだけ寝かせてやれって命令してあんのよ」


 くいっと顎でしゃくった先には、質素ながら堅実なつくりのテントが張られている。

 見たところ、この野営地にあるテントは、アリアの分だけのようだ。

 ダンは慌てたようにしかめっ面をつくった。

 

「別に可愛いからって優遇してるわけじゃねえぞ!?

 あの子はうちの最大戦力だ。常に万全の状態でいてもらわねえと困るってだけだ!」


「わかってるさ。……しかし」


 アッシュが小さく鼻を鳴らす。

 

「冒険者がテントで寝るとは感心しないな」

 

「『石に枕し、大地に臥すべし』ってか? あんがい古臭えこと言うじゃねえか」

 

『石に枕し、大地に臥すべし』

 冒険者たる者、寝具やテントなどに頼らず、いつでもどこでも寝られるようになれ、という古くからの教えの一つだ。

 

 一見、単なる根性論のようにも聞こえるが、この教えの要点はそこにはない。


 アッシュは首を振った。


「テントが必要なくなれば、その分、水や食料を多く運べる。

 テントを張るのにかかっていた時間で、別のことができる。

 もちろん、あるに越したことはないが……ないことに慣れてしまえば、どうとでもなるんだ、テントなんて。

 ……おおかた、アリアが無理を言ってテントを持ってきたんだろう? 迷惑をかけたな」


「はん! お前に心配されるいわれはねえや。

 だいたい、あの子はテントも自分の糧食も自力で運んでるからな。

 文句つける理由もねえ」


「ならいいが」


 アリアに関する話題はいったん打ち切り、アッシュはすぐ近くにあった木陰に入った。

 朝の淡い光を短時間浴びただけで、彼の額には大粒の汗が浮かんでいた。

 

「……今後も、俺は夜から歩いて追いつくことにするが、構わないな」


「お前、知らねえのか? 昨夜、ここにも吸血鬼(ヴァンパイア)の野郎が出やがったんだ!

 危ねえぞ! 夜にそのへんぶらつくのは……!」


「平気だ。俺にはこいつがある」


 そう言って、アッシュはシャツの胸元から、女神メリエルを象ったネックレスを取り出した。

 

吸血鬼(ヴァンパイア)には聖属性魔法が特効で入るからな。

聖属性魔法()の触媒になるメリエルの偶像をひどく嫌う……。

 つまり、こいつを持っていれば、奴は俺に近寄れないって寸法だ」


「本当に、そんなちっぽけな魔除けが効果あんのか?」


「昨晩、俺が夜道をひとりで歩いてこれたのがその証拠だ」


「はーん……」

 

 でっち上げもいいところだが、まるっきりの嘘は言っていない。

 一般的な吸血鬼(ヴァンパイア)なら、メリエルの偶像を警戒するのは当然のことだ。

 警戒しながら襲ってくるだけのことだが。

 案の定、ダンもあまり納得していないようだったが、

 

「ダン! ちょいと来てくれ!」


「おう、すぐ行く! ……とにかく、アリアちゃんに心配かけるような真似すんじゃねえぞ。いいな!」


「ああ」


 そう言い渡すと、ダンは呼ばれた方向へ走っていった。

 その背中を見送ってから、アッシュはアリアのテントへ向かう。


(まだ寝てるのか……まったく)


 テントの入口で耳を澄ますと、かすかにアリアの寝息が聞こえてきた。

 ダンが許しているから、Sランクだからといって、特別扱いに甘んじさせたくはない。

 少なくとも、自分の目があるうちは。


「入るぞ」


 いちおうそう声はかけたが、返事はない。

 アッシュはため息をついて、テントの入口をくぐった。


 むわっと匂い立つ、年頃の少女の汗がこもった熱気に、眉をしかめるアッシュ。

 

 よく、こんな暑苦しいところで眠っていられるなと思いつつ、アッシュは毛布に包まれたアリアの肩を揺さぶった。


「起きろ、アリア。皆を手伝え」


「んー……」


「アリア。……こら、やめろ。触るな」


 アッシュの手をすり抜け、彼のこけた頬や、筋張った首元を撫で回すアリアの指を、彼は乱暴に振り払おうとした。

 しかし、地力の差で敵わず、薄い耳たぶやパサついた髪までもを丁寧にいじくられてしまう。

 と、そこでアリアのまぶたがゆっくりと開き、青い瞳に光が宿った。

 

「……おはよう、兄さん」


「おはよう。なんでいつも、起こそうとすると触るんだ」


「確かめてる。兄さんが、本物かどうか」

 

「触っただけじゃわからないだろ……」

  

「もうわかるよ。兄さんの顔の形。触っただけで」

 

 ふわ、と小さくあくびをして、アリアが上体を起こした。

 服こそ普段着――白いシャツに深緑のプリーツスカートのままだが、長い髪はお団子状にまとめられ、視線もどこか焦点が合っていない。


 寝起きでございますと顔に書いてあるアリアの髪を手に取り、アッシュはブラシで()かし始めた。


「そんなこと、できるようになってなにになるんだよ」


「私は総本部に逆らう悪いSランク。いつか、兄さんに化けた刺客が来るかもしれない。

 だから、その対策」


「嘘をつけ」


 ほんとだよ、と言って、アリアは自分の髪の先端で、アッシュの鼻先をくすぐった。


「くすぐったい」


「だから、兄さんも覚えてね。私のこと。偽物に騙されないように」


 どこか切実さのこもったアリアの声音に、アッシュは照れを隠すようにわざとぶっきらぼうに答えた。

 

「……言われなくても、匂いくらいなら覚えてる。

 10キロ離れていたって嗅ぎ分けられるさ」


 すると、アリアは自分の体を抱きしめる仕草をしながら、アッシュから距離を取った。

 

「え、それはちょっと引くかも」


「はあ!? お前が覚えろって言うから嗅いで覚えたんだぞ! わざわざ!」


「年頃の女の子を匂いで識別してるって事実が嫌。デリカシーない」


「はああああ!?」


 あまりの理不尽さに絶句するアッシュをよそに、アリアはするりと立ち上がった。


「私、10キロ先からも臭うみたいなので、水浴びしてきまーす」


「いや、ちがっ……俺だからわかるってだけで、そういう意味じゃ……!」

 

 慌てふためくアッシュの様子を、アリアはじっくりと堪能するように細目で見下ろしていたが、

 

「兄さん、可愛い。ふふ」


 やがて、そう言い残すと、猫のように音もなくテントから出ていった。

 ひとり残されたアッシュは、


「……やっぱり匂いで覚えてるってのはまずかったか」


 皆の手伝いをしろという指示をさりげなく無視されたことにも気づかず。

 クソ真面目に妹の追跡方法について思い悩むのだった。



 

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