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吸血騎士は日陰に生きる~妹を守るために吸血鬼になった兄、昼間は穀潰し扱いですが夜は最強です~  作者: 石田おきひと


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第4話『意外な人物』


 明朝。

 夜明け前に、集合場所である北門に集合した冒険者たちは、予想外の人物の姿を目撃した。


「なにしに来たんだ? お前は呼ばれてねえだろ、『穀潰(ごくつぶ)し』」


「ああ。だが、できることはあると思ってな」


 ダンに絡まれたその人物――アッシュが、落ち着き払って答えた。

 少しでも日光を防ぐため、麦わら帽子と、分厚いマントを纏ったその姿は、傍目に見ても暑そうだ。

 

「お前にできること? なにがあるんだよ、言ってみろ」


「荷物運びが一人、腹を壊しているそうだな」


「ああ。まったく、とんだ根性なしだ。ミハエルの野郎」


 ダンが不機嫌そうに地面へツバを吐き捨てる。

 昨日、彼の煽動の甲斐あって、大多数の冒険者が今回の遠征に参加を表明した。

 しかし、今日になって怖気づいたのか、何人もの()調()()()()が出たのだ。


「あいつらに比べりゃ、来たお前のほうがまだマシかもしれねえが……荷物運びねえ。ミイラ取りがミイラになるって言葉、知ってっか?」


「安心しろ。荷物になる気はない」


「はん! どうだか……足手まといになったら置いてくからな。そのつもりでいろ」


「わかった」


 ダンは全員が揃ったのを確認すると、号令をかけた。


「よし、てめえら! 出発だ!」


 ◆

 

 クラウンヘイムの北門を出発してから、三時間が経過していた。

 陽光が容赦なく照りつける灼熱の街道を、人面獅子(マンティコア)調査隊は黙々と進んでいく。


 全員が重い荷物を背負い、武器を携えており、足取りは決して軽くない。

 だが、それでも彼らは冒険者だ。この程度の行軍など、慣れたものである。

 

 ただ一人を除いては。


「はあ……はあ……」


 隊列の最後尾。

 荒い息を吐きながら、ふらふらと歩いているのはアッシュだった。


 額には大粒の汗が浮かび、ロウのように白い顔は、さらに血の気を失い、今や死人のようだ。

 足を引きずるようにして一歩踏み出すたび、生気が漏れ出しているように体中が痙攣している。


「おい、『穀潰(ごくつぶ)し』! 遅れてんぞ!」


 先頭をスタスタと歩いていたダンが、苛立たしげに振り返って怒鳴りつける。


 すると、アッシュは荒野に立ち尽くしている木の根元に、ドサッと荷物を下ろすと、地面にへたりこんだ。


「……すまん。俺はここまでだ」

  

「はあ!? まだ半日も歩いてねえだろうが! ふざけてんのか!?」


「休んでからあとで追いつく。先に行っていてくれ」

 

「追いつけるわけねえだろ、バカか! 今日は日が暮れるまで休みなしだぞ!」


「なら明日追いつく。気にするな」


「兄さん……」


 気遣わしげにアリアがアッシュのもとへ駆け寄ろうとするが、彼は首を振ってそれを拒否した。


()()()()。アリア」


「……はい」


 その言葉の真意を汲み取り、アリアは後ろ髪を引かれるように、何度も振り返りながら、歩を進めた。


 ぐったりとへたりこみ、天を仰ぐアッシュを、冒険者たちは口々に罵倒を投げつけた。


「まだ10キロも歩いてねえってのに……呆れ果てたな」


「思ってたより根性がなかったな。改めて見損なったぜ」


「『穀潰(ごくつぶ)し』の面目躍如(めんもくやくじょ)ってところか」


 ダンはアッシュの近くまで歩いていくと、ふんと鼻を鳴らした。


「カスが。てめえみてえなのでもな、くたばられると目覚めがわりーんだよ!

 とっとと街に戻りやがれ、『穀潰(ごくつぶ)し』が!」


「ああ」

 

「ひとりで戻れんのか!?」


「問題ない」


「ああそうかよ! 勝手にしろ!」


「そうさせてもらう」


 ズカズカと足音高く去っていくダンを尻目に、アッシュは荷物を頭の下に置き、ゆったりと地面に横たわった。


(夜になったら、すぐ追いつくさ)


 そうして、アッシュはすぐ眠りに落ちた。


 ◆


 日が沈み、荒野に夜の(とばり)が降り始めた頃。

 木の根元に横たわっていたアッシュが、ぱちりと目を開いた。


(いい時間だ)


 彼はゆっくりと立ち上がり、力強い動作で体の凝りをほぐした。

 昼間の虚弱ぶりはどこへやらだ。


 空には、細々と輝く上弦の月がある。

 その光を浴びて、アッシュの体に変化が起こった。


 ボサボサの灰色の髪が、美しいシルバーブロンドへ。

 虚ろな目には、真紅の眼光が宿る。

 痩せこけていた体は、まるでネコ科の肉食獣のようにしなやかで引き締まった筋肉に覆われていく。


 犬歯と爪が伸び、凶器としての機能を持つようになった。


(念のため、だ)


 周囲に誰もいないことは確認していたが、アッシュはかがみ込み、無造作に影の中へと手を突っ込んだ。

 

 ズブリ。


 地面に突き当たるはずの指先が沈み込み、肘のあたりまで影に飲み込まれる。

 ややあって取り出されたのは、顔を覆う白いマスクと、瘴気を放つ黒い外套。

 そして、幅30センチ、長さ2メートルはある処刑人の剣だ。


 それらを身につけると、彼はまさしく、クラウンヘイムの冒険者たちが追い求める、吸血鬼(ヴァンパイア)へと変貌した。


「ガルルル……!」


「グルル……」


 驚くべき変身を遂げたアッシュを囲むように、オオカミの姿をした魔物たちが寄ってくる。

 目の前の相手の力量も計れない、低俗な獣の群れだ。


(盗賊の類なら、見逃してやってもよかったんだが)


 す、とアッシュが右手を軽く挙げる。

 すると、彼らの足元から、猛禽のような鉤爪の映えた手が伸び、その胴体を掴んで地面の中に引きずり込んだ。


「ギャッ……!」


「ガッ……!」


 断末魔の悲鳴をあげる暇すらない。

 抗うこともままならないまま、魔物たちは一瞬でこの世から消え去った。


(魔物なら話は別だ。眷属は何匹居たっていい)


 入れ違いのような形で、彼らよりふた周り以上体躯の大きいオオカミが、影の中からぬるりと姿を現した。


 太く強靭な四本の脚。

 闇に溶ける漆黒の獣毛は針のように鋭く、月光を反射して艶めいている。


「シリウス。アリアたちの跡を追ってくれ」


 了解、とばかりに唸り声を漏らし、シリウスと呼ばれたオオカミが素早く駆け出した。

 風のごとく駆けていくシリウスを見失わないよう、アッシュはぐっとかがみ込むと、空高く飛び上がった。


 バサッ!


 軽く力をこめると、アッシュの背中から、ボロボロのマントを広げたような、一対の翼が展開する。

 飛翔。

 闇夜を裂き、音に匹敵する速度でアッシュはアリアたちのもとを目指して飛び立った。


 数十メートル下の地表に目を凝らすアッシュ。

 しかし、彼が見ているのは、アリアたちの足跡を追うシリウスだけではなかった。


(魔力濃度の分布に異常はなし……となると、やはり、あの人面獅子(マンティコア)は誰かに連れてこられたものと見ていいだろう)


 高位の魔物ほど、魔力には敏感だ。

 仮に、クラウンヘイム周辺に魔力濃度が過度に高まった場所があったとすれば、興味を惹かれて『黒い砂漠(ブラックデザート)』から、人面獅子(マンティコア)が足を運んだ……という線も、いちおうなくはなかった。


 だが、これで事態は順当に、厄介な方向へと舵を切った。


(ならば、問題は誰が、なぜそんなことをしたのかってことだ。

 普通に考えるなら、魔族による威力偵察ってところだが……安直にそう決めつけられないのが面倒だ)


 昨晩、アッシュは極秘に人面獅子(マンティコア)の出没地点を調査し、なにかしらの痕跡がないかを探っていた。

 しかし、残念ながら、成果はなかった。


(俺の目でも、痕跡ひとつ見つけられない魔法の使い手となると、相手は魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダーか、それともSランク相当の魔法使いか……)


 魔王軍七十二神将ゾディアック・オーダー

 魔王軍に七十二体存在する、幹部級の魔族のことだ。

 下位の神将でも、小規模な冒険者ギルドなら、単体で壊滅させられるレベルの力を持っている。


(うちの冒険者ギルドの規模感からすれば、Aランクの人面獅子(マンティコア)の対処だけでも手こずると思われてもおかしくはない)


 アリアのようなSランク冒険者が、このような辺境にいることは、本来極めて珍しいことだ。

 普通なら、王都にある冒険者ギルド総本部からの手厚い報酬と引き換えに、大陸東部の激戦区に投入されているもの。


 アリアがその要請を拒否したのは、アッシュが長距離の移動に耐えられないこと、またアッシュの同行が認められないという理由からだった。


(となると、総本部側も『穀潰(ごくつぶ)し』のアッシュを始末する動機があるってわけか)


 仮面の下で、皮肉っぽく唇を歪めるアッシュ。

 

(まあ、表の人間なら、素直に権力を行使して俺とアリアを引き離せばいい。そうしないってことは、後ろ暗いところのある連中ってことだ。

 だったら、俺としてもやりやすくていい……おっと)


 下界に目を戻すと、そこでは冒険者たちが魔物と戦闘中だった。


「ギャオオオオ――!」


 耳をつんざくような声量で吠えているのは、飛竜(ワイバーン)だった。

 翼を広げた幅は10メートル以上。

 空を自在に飛び回りながら吐き出された業火が、夜の荒野を昼間のように明るく照らし出している。


 冒険者側も、矢や魔法で果敢に応戦しているが、いかんせん飛竜(ワイバーン)の鱗が分厚すぎるのか、まともに効かせられていない。


「クソッ! 俺たちじゃ無理だ! 『氷姫(こおりひめ)』を起こしてこい!」


「でも、『テントに入ってきたら殺す』って言ってたような……」


「アホか! 緊急事態だぞ!」


「し、仕方ねえか……」


「馬鹿野郎! アリアちゃんの安眠を遮るような真似はさせねえ! 俺が片付ける!」


 勇ましく飛竜(ワイバーン)の前に立ちはだかったのは、ダンだった。

 周りの冒険者が、慌てて彼を止めようとする。


「いくらお前でも、空飛んでる奴相手じゃ……」


「へっ。だったらこっちも空飛べばいいじゃねえか。【戦場に立つは破城の王レクス・オブシディオニス】!」


 ダンの詠唱によって、魔法が起動する。

 大地が盛り上がり、塊を成すと、見えない彫刻刀で削られているかのように、岩塊が成形されていった。

 ものの数秒で、なにもなかった場所に立派な投石機が完成する。


(ほう。大したもんだ)


 剣士でありながら、並みの魔法使いよりも優れた土属性魔法が使えること。

 それが、ダンという男が、アリアに次ぐ二番手として、クラウンヘイム冒険者ギルドで評価されている所以だった。


(アリアの眠りを妨げたくないという意気もよし。

 あのサイズのカタパルトなら、飛竜(ワイバーン)に通用する威力は出せるはず。

 あとはどうやって当てるかだが……)


「よっしゃ、行くぞ! 『漢一匹大砲(ワン・マン・キャノン)』!」


 投石機の石を詰め込む部分に載ったダンが、威勢よく掛け声をあげると、ドン! という号砲のような轟音とともに、彼は射出された。


「うおおお――!」


(お前がいくのかよ!)

 

 弾丸のごとく飛竜(ワイバーン)へと突き進むダン。

 猪突猛進と呼ぶにふさわしい、後先顧みない突撃に、思わず、心のなかでツッコミを入れてしまったが、


(いや、案外悪くないアイデアかも。そのへんの石ころに魔力をこめるより、術者自らが砲弾になったほうが、格段に威力は上がる……!)

 

「食らいやがれ――!」


 ダンの突き出した剣が、飛竜(ワイバーン)の首を貫かんと迫る。

 まさに人間ボウガンのごとき迫力だ。

 

 だが、現実は非情だった。


 ひょいっ


「あ、てめ、このっ!」


 飛竜(ワイバーン)は首を軽くそらすだけで、ダンの突進を回避した。

 後にダンは語る。

 

 当たってれば仕留めてた。だから奴は逃げたんだ――。

 

「それでも男か卑怯者――!」


(いや、オスかどうかもわからんだろ)


 空の彼方へ消えていくダンを尻目に、アッシュはため息をつきながら飛竜(ワイバーン)目掛けて急降下する。


「ギャオオオ――!」


「う、うわあああ!」


 邪魔者がいなくなったと見て、高らかに勝利の雄叫びを上げる飛竜(ワイバーン)に、冒険者たちが恐慌に陥りかける。

 と、そこへ。


 ズシン!


 飛竜(ワイバーン)の背中にアッシュがとりつくと、その両翼に手をかけた。


(ダン。お前の無念、無駄にはしない)


 ブチッ!


「ギャアアアア……!」

 

 一息に翼をもぎ取られた飛竜(ワイバーン)が、無惨に鮮血を撒き散らしながら墜落していく。


 だが、飛竜(ワイバーン)もただでやられるつもりはないようだった。

 痛みと怒りで口角から泡を吹きつつも、しっかりと背中に手をかけているアッシュを見据え、顎を開いた。

 しかし、その口から炎が放たれることはなかった。

 

 ザシュッ!


 無造作に薙ぎ払われた処刑人の剣が、飛竜(ワイバーン)の首を一刀両断したのだ。

 地面にその巨体が叩きつけられたとき、すでに飛竜(ワイバーン)は絶命していた。


 戦場から日常へ。

 静まり返る荒野に降り立ったアッシュは、ちょうど起きてきたアリアの姿を認めた。

 くしくしと眠そうに目をこすってはいるが、その手には抜き身のレイピアが握られている。

 

(よし、怪我はないな)


 それだけ確かめると、アッシュは早々に姿をくらました。

 あとに残されたのは、何が起こったのかわかっていない冒険者たちだけだった。


「あれが、噂の吸血鬼(ヴァンパイア)……」


「こんなところにも出やがるのか……」


「とりあえず、助かったってことでいいのか……?」


「まずダンを探しに行かねえと……」


「てか生きてんのか、あいつ?」


「死んだんじゃねえの?」


 未だ緊張を解かず、ざわついている冒険者たち。

 そんな彼らに、アリアはあっさりと背中を向けた。


「こ、『氷姫(こおりひめ)』? どこに?」


「寝る。もう用は済んだでしょ」


「しかし、吸血鬼(ヴァンパイア)が襲ってくるかも……」


「大丈夫」


 安心しきった様子で、アリアは自分専用のテントに戻ると、また毛布にくるまった。

 そして、誰にも聞こえないよう、小声でつぶやく。


「兄さんがいれば……」

 

 

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