第27話『無情なる浄火』
あの夜から、三日が経過した。
クラウンヘイムの街は、張り詰めたような緊張に包まれている。
守備隊は警備体制を強化し、冒険者たちも交代で街の巡回に当たっている。
夜の街に人目が増えたので、アッシュは街の外に警戒網を広げ、魔物が発生していないか目を光らせていた。
ヴォルガンは必ず戻って来る。
誰もがそう確信していたからだ。
そして、四日目の夜。
ついに、事件は起きた。
「緊急事態だ!」
ギルドの扉を蹴破るようにして、一人の冒険者が飛び込んできた。
夜警の任務についていたクルトだ。
血相を変え、息も絶え絶えになりながら、途切れ途切れに報告する。
「街の北! 『神樹の森』のあたりに、とんでもない数の魔物が集まってる!」
ギルド内がどよめく。
受付にいたクレアが、素早く対応した。
「詳しく報告を! 魔物の種類と数は!?」
「わからねえ! とにかく、やべえ数だ!
このままじゃ、あのへんの村が壊滅しちまう!」
報告を受けたギルドマスターが、即座に指示を出した。
「総員、出動準備だ!
アリア、ブリジット殿は討伐へ向かってくれ! ダン、お前もだ!
Bランク以下の冒険者全員で任務に当たれ!」
「了解!」
アリア、ブリジット、ダンが二つ返事でうなずく。
続いて、ギルドマスターはエルンストのほうを向いた。
「エルンスト殿、できればあなたも……」
「いや、私は街に残る」
「な、なぜ?」
困惑するギルドマスターに、エルンストは肩をすくめた。
「雑多な魔物の群れであれば、アリア嬢たちだけでじゅうぶん。
それより、街を狙った敵の主力が来る可能性を考慮すべきだ」
ギルドマスターは一瞬考え込んだが、すぐに首肯した。
「……確かに。では、審問官殿には街の防衛をお願いしたい」
「そういうことなら、俺もこっちに残ったほうがいいんじゃねえか?」
「いや」
エルンストは、ギルドの片隅にいるアッシュのほうをちらりと見やった。
「その必要はない。私ひとりで事足りる」
「……ああ、わかった」
アリアはアッシュのもとへ駆け寄り、小声で言った。
「兄さん。街のこと、お願い」
「ああ。……気をつけろ。これは恐らく罠だ」
「うん、わかってる。でも、行かなくちゃ」
「……そうだな」
このタイミングで、主戦力を街から引き離すような攻撃を仕掛けてくるあたり、間違いなく敵はなにかを企んでいる。
しかし、だからといってなにもしないわけにはいかない。
苦虫を噛み潰したように眉をしかめるアッシュに、アリアがささやいた。
「もし、私が捕まったりしても、気にしないで」
「バカ言うな。……俺がなんとかする。お前は、死なないようにだけ気をつけてくれればいい」
「足手まといになりたくない。私はどうなってもいいから、ヴォルカンを……カインドレイクを倒して。お願い」
すでに、覚悟は決まっているようだった。
アッシュは、黙ってうなずくことしかできなかった。
◆
『神樹の森』
月明かりすら届かない、深い森の中。
アリアたち討伐隊は、雲霞のごとく押し寄せる魔物の群れと交戦していた。
「【|みんなみんな凍ればいい《ケトレ・スルジヤ》。|だって私が暑いんだもの《メドラ・リ=ョート》】」
アリアの広範囲凍結魔法が炸裂し、魔物たちが次々と凍りついていく。
「はあッ!」
ブリジットの剛剣の一振りで、半径十数メートルにわたって斬撃が飛び、射程内の魔物が一刀両断される。
「さっすがアリアちゃん! この調子なら、楽勝だぜ!」
ダンが魔物を斬り伏せながら、あえて楽観的なセリフを吐く。
魔物の数はキリがなかった。
小鬼、犬小鬼のような小粒のものから、豚巨人のような大型のものまで、大小さまざまだ。
今のところは、アリアとブリジットの活躍のおかげでしのげてはいるが、もし彼女たちになにかあれば、一気に総崩れになりかねない。
それに、敵の動きも妙だった。
明らかに、アリアひとりに狙いを絞って攻撃しているのだ。
ダンもなるべくカバーに入ってはいたが、ほかの冒険者たちの面倒も見なくてはならないので、常に貼りついているわけにはいかない。
「ちょっとやべえかもな……」
周りに聞こえないよう、小さくダンがつぶやいたそのときだった。
「うっ!」
「アリアちゃん!?」
とうとう、小鬼の一匹がアリアの足に石のナイフを突き立てた。
下半身が凍りつき、動けなくなっていたものと思っていたが、身体が砕けるのも構わずにアリアへ飛びついたのだ。
ガクンと膝をつきながらも、押し寄せる魔物を凍らせ続けるアリア。
しかし、直後にアリアの足元に複雑な魔法陣が浮かび上がる。
「転移魔法だ!」
ブリジットが叫ぶ。
だが、気づいたときにはもう遅かった。
光が爆発的に広がり、アリアの視界が真っ白に染まる。
次の瞬間、アリアは見知らぬ場所に転送されていた。
森のどこかではあるが、先ほどとは明らかに違う場所。
周囲には、ブリジットもダンも、ほかの冒険者たちもいない。
「くそっ……!」
アリアは傷ついた足をかばいながら、周囲を見渡す。
そこへ、闇の中から複数の気配が近づいてくる。
「【|みんなみんな凍ればいい《ケトレ・スルジヤ》】――」
めくらめっぽうに凍結魔法を撃とうとしたアリアだったが、その前に暗がりから白い糸のようなものが殺到し、彼女の口や手足を拘束した。
蜘蛛の糸だ。
近づいてきていたのは、牛ほどもある数匹の蜘蛛と、彼らを率いる大蜘蛛だった。
「『銀氷姫』といえども、闇の中では我らに分があるようだな」
親玉と思しき、馬車のような大きさの大蜘蛛が、カチカチと口を鳴らしながら勝ち誇る。
「我は魔王軍七十二神将が六十二位。『拘束手』アラクニド。
冥土の土産に覚えておくがいい」
(……ごめん、兄さん。私、また……)
目を伏せ、がっくりと膝を折るアリアを、蜘蛛たちが担ぎ上げ、どこかへ運んでいった。
◆
所変わって、クラウンヘイム。
主力部隊が出発してから、約一時間後。
夜の街は、不気味なほど静まり返っていた。
残された冒険者と守備隊が、緊張した面持ちで警備にあたっている。
見晴らしのいいギルドの屋上から、アッシュとエルンストは街の様子を見下ろしていた。
(アリアは大丈夫だろうか)
アッシュは腕を組んだまま、トントンと指で二の腕を叩く。
本当なら、すぐにでも文字通り飛んでいきたいところだが、街を空けるわけにはいかない。
「アリア嬢が心配か、吸血鬼」
「……ああ」
もはや隠すこともなく、アッシュはエルンストの問いに答える。
エルンストはアッシュと視線を合わせずに、会話を続けた。
「先に言っておこう。もし、アリア嬢が人質に取られたとしても、私は容赦しない。不死者の討滅こそが我が至上の使命。人命は二の次だ」
「ああ、わかっているさ」
陰鬱な声を出すアッシュのほうを一瞬だけ見やって、エルンストはすぐ目線を戻した。
「……無論、進んでそうしたくはない。そうならないよう、せいぜい努力しろ。私を敵に回してくれるな、吸血鬼」
「そのつもりだ」
カン、カン、カン!
突然、警鐘が街中に鳴り響いた。
「魔物だ! 外壁に魔物が!」
守備兵の叫び声が響くと、街が騒然となる。
アッシュが外壁の方角を見やると、月明かりを背後に、黒い影が空高く跳躍しているのが見えた。
地響き。
轟音とともに、外壁のすぐ近くで砂煙が巻き起こる。
その中から現れたのは、巨大な人狼。
ヴォルガンだ。
「ヒャハハハ! ご無沙汰だなあ、クラウンヘイム!
今日がてめえらの命日だ! 墓石に刻む言葉は考えてあるか!?」
「ヴォルガン!」
アッシュが一瞬で吸血鬼形態に変じ、夜闇を切り裂いて飛翔する。
数百メートルの距離を、三秒足らずでゼロにし、処刑人の剣でヴォルガンに斬りかかる。
ガキン!
激しい金属音。
メキメキと互いの関節が軋む音が鳴るが、両者一歩も引く様子はない。
再び刃が打ち合わされ、双方10メートルほど距離を取る。
「吸血鬼だ!」
「よし、いけるぞ! 俺たちも続け!」
守備隊や冒険者たちが、ヴォルガンの引き連れてきた魔物たちと交戦を開始する。
「【万死を謳え、原初の火】」
遅れて到着したエルンストが、教典のページを破り捨て、火葬の銃槍を具現化する。
ヴォルガンが嘲りの声を上げた。
「おいおい、ちょいと場違いな奴がいるんじゃねえか?
てめえじゃオレの速さにゃついてこれねえよ」
「それは貴様の思い上がりだ、人狼。
【主の御名において、我が肉体を聖別する】」
詠唱と同時に、エルンストの身体から淡い青色のオーラが立ち上る。
大人の背丈ほどもある銃槍を、軽々と片手で構えると、エルンストは一言、
「【浄火】」
耳をつんざく大轟音。
砲口から放たれた金色の光線が、一瞬でヴォルガンのいた場所を焼き払う。
「うおっ!? 危ね――」
なんとか垂直跳びで光線を回避したヴォルガンの頭上。
そこに、すでにエルンストは位置取っていた。
「【神罰の鉄槌を】」
瞬時に銃槍は鉄槌へと姿を変える。
打面の反対側から、砲火が噴き出し、鉄槌の一撃は一秒と経たずに音速を超過した。
衝撃。
とっさに構えた騎士大剣ごと打ち据えられたヴォルガンは、音の壁を突き破って地面に叩きつけられた。
十数メートルに渡って、放射状の亀裂が大地に刻まれる。
「ぐっ……!」
陥没した身体を、なんとか地面から引き抜いたところに、アッシュがとどめの一撃を見舞う。
「【君たちは今、血の海に沈む】」
ドバッ!
ヴォルカンの頭上に大量の鮮血が降り注いだかと思うと、見る間に硬化してその身体をいましめた。
「案外、呆気なかったな。皇道十二神将とやらも」
「ぐおおおお! くそっ! 出せ! 出しやがれ!」
渾身の力でもがくヴォルガンだが、鉄のごとき硬度を持ったアッシュの血液の前には、まったくの無力だった。
「カインドレイクについて、知っていることを吐け。
三秒やる。別に、言いたくなければ言わなくてもいい。ほかの奴に聞くだけだ。
三、二、一……」
しきりに空を見渡していたヴォルガンが、歓喜に口を広げながら早口で叫んだ。
「うおおおおお待て待て待て! 間に合った! 上見ろ上! てめえの愛しのアリアがいるぞ!」
「……なに?」
怪訝そうに上空を見上げたアッシュが、目を見開いた。
そこには、飛竜の足に掴まれて宙に浮いている、アリアの姿があったからだ。
全身と口元を蜘蛛の糸で縛られ、詠唱もままならない様子だ。
優勢に立ったと思ったのか、ヴォルガンが勢いづいてまくしたてる。
「妙な動きをしてみろ! その瞬間! あのガキを飛竜が握り潰すぜ!
いくらてめえが速くても、あの高さまでいくより先に、てめえの妹はミンチになるだろうよ!
さあ! わかったら、オレを自由にしやがれ! 三秒だけ待ってやる!」
アッシュは迷った。
ヴォルガンの拘束を解けば、せっかくつくったチャンスが台無しになる。
だが、このままなにもしなければ、アリアの命はない。
(いや、考える余地はない)
アッシュはわずかな逡巡ののち、ヴォルガンを固めていた血を液状に戻した。
「残念だ、吸血鬼」
次の瞬間、エルンストがアリアへ照準を定めると、
「【浄火】」
砲撃を放った。




