第25話『共闘』
崩れた民家の壁から這い出してきたヴォルガンが、ゴキリと首を鳴らした。
「いてえじゃねえか、吸血鬼! 話がちげえぞ!」
「そもそもお前と組むつもりなどない。俺は人間の味方だ」
「ああ、そうかい! 真面目くんがよ……」
そのとき、街の各所から松明の明かりが集まり始めた。
鎧のこすれ合う音や、剣を抜き払う音もだ。
「魔族だ! 住人は屋内から出るな!」
「隊長どの、こやつは……!」
「ああ。……他の隊員たちは下がっていろ!
奴は私とドーガンが相手をする!」
現場に真っ先に駆けつけたのは、ブリジット率いる守備隊の面々だ。
以前よりも格段に初動が早い。訓練の成果だろう。
きっちりと軍服を身に着けたブリジットが、長剣を正眼に構える。
が、エルンストとアッシュが並び立つ姿に疑問を覚えたのか、小首をかしげた。
「む。審問官どのに……吸血鬼?
これはどういう状況だ?」
「……あとで説明する。今のところ、この吸血鬼に害はない。
それよりも、奴は皇道十二神将の一角! 最大の警戒をもって戦われよ!」
と、不意にアッシュの頬を冷たい空気がなぜる。
振り向けば、屋根の上に寝巻き姿のアリアが立っていた。
「現着。……あれ、一番乗りじゃない。残念」
「その姿は……『銀氷姫』か! 心強い!
私は守備隊隊長ブリジット! 以後よろしく頼む!」
「ん。よろしく。……で、そいつは?」
「皇道十二神将12位のヴォルガンだ。アリア嬢」
「……ふうん」
エルンストに名前を知られていたことに、一抹の不快感を示しつつ、ヴォルガンの名に聞き覚えのあったアリアは、目を細める。
「ヴォルガン、ね。この間は、あなたの部下に世話になった。
水妖馬と海王大蛸」
「おお、そうか。てめえか! うちの可愛い部下を殺ってくれたのは!
畜生、仇討ちといきてえところだが、ちょいと分が悪いな……仕方ねえな、こいつは仕方ねえ」
「ふうん、自分から勇ましく突っ込んできたのに、数で不利になったら尻尾巻いて逃げるんだ。かっこいいね」
「おお、逃げるとも。逃げるが勝ちだぜ。死んだら負け!
どんな手を使おうが――最後に立ってたやつが勝ちだ!」
高らかにそう言い放ち、ヴォルガンが吠える。
すると、周囲一帯に黒い瘴気が渦巻き、その中から半透明の幽霊が大量に出現した。
下半身がなく、ボロ布のようなベールを纏った幽霊たちは、怨嗟の声を上げながら周りの人間に襲いかかった。
「うわっ! なんだこいつら!」
「実体がねえ! 攻撃が効かねえぞ!」
大混乱に陥る守備隊の隊員や冒険者たち。
しかし、アリアやエルンスト。ブリジットなどの実力者は、即座に対応してみせた。
「【|みんなみんな凍ればいい《ケトレ・スルジヤ》。|だって私が暑いんだもの《メドラ・リ=ョート》】」
ささやくような詠唱とともに、暴風が吹き荒れる。
荒れ狂う風雪が幽霊たちを吹き払い、瞬時に凍結させた。
「【|主は不浄を嫌い、祓い給うた《ルクス・サンクトゥス》】!」
厳粛なる聖言が響くと同時に、白い光が大地を満たし、生み出された怨念たちを塵へと還していく。
「【|騎士の誇りにかけて、何人たりとも通しはしない《オヌール・ドゥ・シュヴァリエ・ジャメ・パセロン》!】」
騎士が剣の切っ先を地面に突き立てる。
すると、黄金に輝く聖堂がせり上がり、邪悪な力を、その内に収めたものたちから遮断した。
「おおっ!? なんだ、結構やるじゃねえか、てめえら!」
余裕しゃくしゃくで驚いてみせるヴォルガンに幽霊をさばいた三者が殺到する。
極寒の冷気を纏いし閃光の刺突。
魔を穿ち清める重き銃槍の一撃。
騎士の誇りを載せた大剣の重撃。
三方向からの完全な同時攻撃。
回避は不可能。受ければ無傷では済まない致命の一刺し。
だが、それらを人狼は苦もなく防いでみせた。
刺突と銃槍は両手に持った騎士大剣の腹で。
背後から振り下ろされた両手剣は、あろうことか大顎で。
「っ……!」
三者三様に息を呑む。
自らとヴォルカンとの力量差を、ただの一合で思い知らされたからだ。
「でも、まあ……この程度ならついでで殺っちまえるかもな」
剣をくわえたまま、ヴォルカンが悪辣に口を歪める。
三者がぞっとし、飛び退こうとする前に、人狼はすでに動いていた。
「むっ!?」
だが、それよりもさらに早く、吸血鬼はヴォルカンを射程に収めていた。
「【|君はもう、僕の中だ。決して逃がしはしないよ《ブルート・デス・ゲフェングニス。デア・エーヴィヒカイト》】
……逃げられると思ったか?」
一瞬で家よりも高く跳び上がったヴォルカンだったが、アッシュは容易く追随していた。
闇夜に赤く浮かび上がる、毛細血管のごとき血の牢獄が、アッシュとヴォルガンを外界から隔絶する。
張り巡らされた鮮血の檻は、目にも留まらぬ速さで血液が循環し、触れたものすべてを飴のように容易く寸断するだろう。
絶体絶命の窮地に追い込まれたと思いきや、ヴォルガンはまだ口元から笑みを消していなかった。
それどころか、余裕たっぷりに舌なめずりすらしてみせる。
「なにがおかしい」
「これほどの血液魔法を、在野の雑魚吸血鬼が使えるとは思えねえ。
てめえだな? カインドレイクの秘蔵っ子は?」
驚きにアッシュが目を見開く。
「知っているのか、奴のことを」
「まあな。……しかし、不自由な暮らしをしてるじゃねえの、ええ?
化け物の身体で、人間に混じって生きるなんざ、土台無理な話だ。そうだろう?」
「そんなことはない。現に俺は、今まで上手くやってこれている」
「本当かあ? けっこう無理がある気がするぜ、オレには。
確かに、てめえは無敵の吸血鬼様!
カインドレイクの寵愛を一身に受けた、特級の眷属かもしれねえが……」
そこでヴォルガンは言葉を切り、いやらしく犬歯を覗かせた。
「……てめえの肉親は、ただの人間じゃねえか。ええ?」
アリアの姿が脳裏をよぎり、一瞬アッシュは我を忘れる。
「貴様……!」
それがカマかけだと気づいたときには、すでに遅かった。
わずかに生じた結界の隙間を、明らかに骨格を無視して変形したヴォルガンが、綺麗にすり抜けていってしまったのだ。
「ギャハハハハ! 引っかかりやがった!
そうだろうと思ったぜ! 守りてえやつがいるから、無理して人間社会にいるんだろ!?
やめとけやめとけ! 互いのためにならねえよ!」
「ヴォルガン!」
「また会おうぜ、兄弟! てめえもすぐに気づくさ! こっちのほうが合ってるってな!」
吐き気を催すような哄笑を上げながら、人狼は夜の闇に消えていった。




