表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血騎士は日陰に生きる~妹を守るために吸血鬼になった兄、昼間は穀潰し扱いですが夜は最強です~  作者: 石田おきひと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/28

第21話『白翼の徒』

(嘘。もう来たの? まだ一週間も経ってないのに)

 

 クレアは緊張で喉が干上がるのを感じながら、笑顔で応対した。


「はい、当ギルドでも吸血鬼(ヴァンパイア)の目撃情報はいくつか挙がっております。ご希望でしたら、写しを作成して、後日お渡しいたしますが、いかがでしょう?」


 マニュアル通りの対応をしたつもりだったが、エルンストに引き下がる様子はなかった。

 カツン、カツンとブーツの底を鳴らしながら、少しずつクレアのほうに近づいてくる。

 

「質問の仕方が悪かったようだな。ならば、もう一度聞こう。

 私は、あなた個人の心当たりについて聞いているのだ、クレア嬢」


(なんで、こんないきなり、私ひとりに絞って決め打ちしてくるわけ!?

 もしかして、情報が漏れてるとか?)


 恐怖と混乱で頭がぐちゃぐちゃになるクレア。

 それでも、プロ根性で顔には一切出さず、考え込むような素振りを見せてから、首を振った。


「……いえ、ありません。なにも」


「本当だな?」


「はい。神に誓って」


 エルンストはクレアの眼前にまで迫り、腰をぐっと曲げて彼女の顔を覗き込んだ。


 端正な面立ち。

 しかし、その怜悧な眼差しには、一欠片の人間味も感じられない。

 まるで、よくしつけられた(たか)のようだ。

 威圧感のあまり、クレアは息をすることもできなかった。


 数秒ののち、エルンストはクレアから離れた。

 

「失礼した。悪い癖でね。なぜか『あなただ』と思ったのだ。

 私を見た瞬間、少しだけ身体がこわばったから」


「あはは……すいません。ちょっと、睨まれたのかなって思っちゃって」


「重ねて失礼。あなたのような美しい女性を不快にさせたとあっては、審問官の名が廃る」


 先ほどまでの圧迫感はどこへやら。

 冗談めいたことを口にして、エルンストは一礼した。

 

 本当に、これで自分はノーマークになったのだろうか。

 それほど彼の態度はあっさりしていて、クレアは余計に不安を募らせる。


「写しの件はよろしく頼む。それで、ほかに吸血鬼(ヴァンパイア)に心当たりのありそうな者は?」


「ええと、どうでしょう……」


「はい! はいはいはい! ここに! ここに! 審問官様!」


 すっとぼけようとしていたところ、『心当たり』が自分から駆けつけてきた。

 マチルダだ。

 興奮気味に鼻の穴を膨らませ、ドタバタと走ってくる姿は、まるでイノシシのようだ。


「昨晩、私吸血鬼(ヴァンパイア)に襲われました!」


「ほう。詳しく聞こうか。二人で話せる場所は?」

 

 エルンストの目がギラリと光った気がした。

 

「こちらに! 応接室がございます!」


 ペコペコしながらエルンストを案内していくマチルダが、一瞬だけクレアのほうを見て。


「っ……」


 勝ち誇ったような醜悪な笑みに、思わず背筋が寒くなる。

 この女がなにを考えているのか、クレアは一瞬で理解できてしまった。


 だが、動くことはできない。

 事前に言い訳を並べれば、余計怪しまれるだけだ。

 

(あの審問官がまともなことを祈るしかないか……)


 クレアは席に座り直すと、落ち着かない様子でカタカタと貧乏ゆすりを始めた。

 

 ◆


 ガチャリ、と後ろ手にドアを閉めるエルンストを座らせ、マチルダはえびす顔でもみ手をした。


「なにか、お飲み物でも? 紅茶でもコーヒーでも、なんでもございますが……」


「不要だ。さっさと本題に入れ」


「は。でしたら、失礼して……」


 マチルダは妙なしな(・・)を作りながら、エルンストの対面に腰掛けると、ひそひそ声で言った。


吸血鬼(ヴァンパイア)とつながりがあると思われる人物に、心当たりがありまして」


「ほう。誰だ」


 厳然と問いかけるエルンストに、マチルダが悪魔のような笑みを浮かべる。


「私の同僚で、先ほどお話しされていた小娘……クレアという女です」


 ◆


(またこれか)


 マチルダの話を、エルンストは内心うんざりしながら聞いていた。


「――それで、吸血鬼(ヴァンパイア)がなんと言ったと思います?

 『次、クレアに手を出したら殺す』って。私、もう怖くて怖くて!

 昨日なんてろくに眠れなかったんですの!」


「それは大変だったな」


 口先ばかりのねぎらいを口にすると、マチルダは有頂天になって、またクレアへのくだらない恨み言を垂れ流し始めた。


 異端審問官に、この手の『密告』があるのは珍しいことではない。

 むしろ、正確な目撃情報などより、ずっと多いくらいだ。


 なにせ、吸血鬼(ヴァンパイア)を暴く確実な方法が存在しないことは、市井(しせい)にもそれなりに広まってしまっている。


 となれば、気に入らない相手を容疑者に仕立て上げてしまえば、手ひどい嫌がらせができると考えるのは道理。


愚昧(ぐまい)な民草風情が、我々審問官を私刑の道具に使うとは、万死に値する)


 静かに怒りの炎をたぎらせるエルンストだったが、むろん表には出さない。

 捜査にはひとりでも多くの協力者が必要だ。

 特に、有益な情報をもたらしてくれそうな者は。


(この女の密告は抜きにしても、クレアの様子は妙だった。

 私を目にした途端、ヘビに睨まれたカエルのような(おのの)きよう……確実になにかある)


 とはいえ、拷問で口を割らせるようなやり方は、確実性に欠ける上に、時間ばかりかかる前時代的なものだ。


 ならば、クレアのそばにいるマチルダを監視役としてつけておき、適当に泳がせておくくらいがちょうどいいだろう。


 もし、本当にクレアが吸血鬼(ヴァンパイア)とつながっているのなら、遠からずボロを出すはずだ。


(いや、そのような受け身の手法はまどろっこしい)


 エルンストとて、暇を持て余しているわけではない。

 多少の軋轢(あつれき)を生もうが、早期解決を図ったほうが効果的だろう。

 吸血鬼(ヴァンパイア)の被害を少しでも抑えるためなら、自分や教会の名に傷がつこうと、許容範囲だ。

 

 エルンストはマチルダの長広舌(ちょうこうぜつ)をさえぎった。


「マチルダ嬢。クレア嬢が以前、ゴロツキに襲われていたところを吸血鬼(ヴァンパイア)に助けられたことがある、と言ったな。

 それは確かか?」


「ええと、確たる証拠はございませんが、状況的にはそうであろうと考えた次第です。

 吸血鬼(ヴァンパイア)めは、クレアさんがゴロツキに襲われていたところを目撃した、と私に話しておりましたから」


「普通に考えれば、その後助けただろうと。ふむ、筋は通っている」

 

 ならば、クレアがこのことを黙っていたのにも説得力がある。

 吸血鬼(ヴァンパイア)に助けられた、などと正直に審問官へ打ち明けるバカはいないだろう。


 マチルダがずいっと身を乗り出してきた。

 安っぽい香水の匂いが鼻をつき、エルンストは思わず顔をしかめる。


「そ、それで、クレアは『クロ』でしょうか……?」


「まだ証拠が不十分だ。今おまえが話した程度の内容をもとに誰かを逮捕することは、神の教えに反する」


「そんな……」


「ただし」


 エルンストは、懐から羊皮紙を取り出すと、簡易的な委任状を作成し、マチルダに手渡した。


「お前の協力を仰ぎたい。クレア嬢の行動を、それとなく観察してくれ。

 誰と会うか、何時に帰るか。不審な行動はないか――気付いたことを報告してほしい」


「わ、わかりました。報告は、どのようにすれば……」


「そうだな」


 エルンストは、マチルダの風体をじっくり観察した上で、微笑とともに提案した。


「毎週、金曜夜10時。適当な酒場で落ち合おう」


 ◆


 ニタニタと笑いながら、マチルダは小躍りせんばかりの勢いでカウンターへ戻った。

 不安げな顔で、こちらを見上げてくるクレア。

 その罠に捕まった小動物のような怯えきった姿に、マチルダは大いに嗜虐心を掻き立てられる。


(残念だったわね、これであなたの人生はおしまいよ。哀れな小娘!

 よくもさんざんコケにしてくれたわね。

 これからは、この私があなたの一挙手一投足を逐一観察して、ぜーんぶエルンスト様に報告してやるんだから。

 せいぜい、首を洗って待っていなさい!)


 有益な報告をすれば、エルンストも喜んでくれるだろう。

 これから、毎週やって来るデート(・・・)への期待で、マチルダの胸ははち切れそうだった。


(ああ、エルンスト様……あの包帯の下には、どんなお顔が隠されていらっしゃるのかしら?

 もっと親しくなれば、私にだけ見せてくださったりして……)


 夜に酒場で落ち合うとなれば、当然酒は飲むだろう。

 吸血鬼(ヴァンパイア)をも狩り殺す、一騎当千の強者(つわもの)が、酔ったときにこぼす本音。

 そこに優しく寄り添ってやれば、あのクールな美丈夫が、自分にだけ微笑んでくれるようになるかも……。


(ぐふっ、ぐふふふっ。玉の輿、玉の輿っ!)


 舌なめずりをしながら、早くもマチルダは新たな人生設計を練り始めるのだった。


 そんな彼女を、エルンストが冷めきった眼差しで見つめていたことには、毛ほども気づく気配はなかった。

 

 ◆


色情狂(しきじょうきょう)めが。貴様になど、なにも期待しておらんわ)


 流し目を送ってくるマチルダを無視しながら、エルンストは心の中でそう吐き捨てた。

 狩りの手法は、大きく二つに分けられる。


 一つは、足跡などの痕跡を頼りに、能動的に獲物を追う『追跡狩り(トラッキング)

 もう一つは、罠を仕掛けてひたすら待つ『罠猟』


 このうち、吸血鬼(ヴァンパイア)狩りで主に用いられるのは後者だ。

 吸血鬼(ヴァンパイア)は人間と同等か、それに近い知能を持つ危険な魔族である。

 狩人(かりゅうど)自身が下手に嗅ぎ回れば、逆に狩られる羽目にもなりかねない。

 ミイラ取りがミイラになる、というやつだ。


(私があの女に求めることはただ一点。

 私に代わって、吸血鬼(ヴァンパイア)の鼻先で騒ぎ立てること。

 やつが痺れを切らして、マチルダに食いついたところを、私が刈り取る。

 まあ、それもサブプランのひとつに過ぎんが)


 エルンストは、()()のほうに目を向けた。


「クレア嬢。少し、話がしたいのだが、よろしいか?」


 クレアは顔を真っ青にして固まっていたが、やがてゆっくりとうなずいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ