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第92話 捕らぬ狸のなんとやら

 悠真は、カウンターに置かれた「コ○トコ二次販売店リセールショップ」のパンフレットをパラパラとめくった。

 光沢のある紙面には、アメリカンサイズの巨大なポテトチップス、1キロ超えのティラミス、そして山積みにされたトイレットペーパーの束が、これでもかというほど鮮やかに印刷されている。

「リセールショップ、か……。確かに最近、テレビでもよく見るよな」

 仕組みはシンプルだ。会員制の大型倉庫店から大量に商品を買い付け、「縁プロダクト」が下請け業者に小分けさせてFCに販売する。消費者は高い年会費を払わずに済み、遠くの郊外まで行かなくても近所で「あの商品」が手に入る。美紀が言っていたのは、その手間賃として30%ほどの利益を上乗せするビジネスモデルだ。


 悠真は、電卓を叩くふりをしながら、脳内でその光景をエデンベルクの市場に重ね合わせた。

「もし、あの隣の空き店舗でこれをやったら……」

 想像が止まらない。

 パンフレットに載っている「40メートル超のキッチンペーパー12ロールセット」や「2キロ入りの冷凍シュリンプ」。これらをそのままエデンベルクに持ち込めばどうなるか。

 今の悠真の店は、あくまで「おみやげ屋」だ。棚に並ぶのは、手軽なお菓子や調味料、ちょっとした日用品。しかし、リセールショップの規模になれば、それはもはや「物流の拠点」に近い。


「あっちのギルドの連中、これを見たらひっくり返るだろうな」

 特に、1ガロン(約3.8リットル)も入った液体洗剤や、強靭な厚みを持つゴミ袋。アルテミシアの街では、布の洗濯は川や共同の洗い場で行われ、石鹸は貴重品だ。あんな大容量の強力な洗剤があれば、宿屋『守護の炎』のシスターたちの苦労は激減するだろう。


 だが、悠真はすぐに冷静な自分を取り戻した。

「……いや、ダメだ。今の僕の手持ちの資金じゃ、隣の家賃と光熱費、それに在庫の仕入れだけでパンクする」

 パンフレットの数字を見つめる。

 美紀が提案してくれたFCフランチャイズの加盟金、内装費。いくら異世界で大金を稼いだとは言え、今の悠真の資金力では現実的ではない。

 日本の商店街としてのルールもある。隣に新しい店を構えるとなれば、商店街振興組合への根回しや、保健所の許可など、山のような手続きが待っているのだ。


「……ふぅ。冒険者になってダンジョンに潜って、宝箱を見つける方がよっぽどシンプルかもな」

 悠真は自嘲気味に笑った。

 あちらの世界では、力があれば魔石を手に入れ、富を築ける。だが、こちら側の世界では、1円単位の利益を積み上げ、社会のルールという細い糸を縫うようにして生きなければならない。

 どちらが大変かと言われれば、悠真にとっては、この「パンフレットの数字を現実にする」作業の方が、オークと対峙するよりもよほど胃が痛む重労働に感じられた。


「あ、そうだ。美紀ちゃんに連絡しなきゃ」

 悠真はふと思い出し、ノートPCを起ち上げた。

 さっき美紀に頼んだ「割り箸」。

 あちらの世界……エデンベルクの食卓を思い浮かべる。

「奏多さんの店で、みんな使っていたのは木を削った素朴なスプーンやフォークだったな」

 割り箸は、日本の文化としては素晴らしいが、あちらの人々にとっては「二本の棒で掴む」という動作は馴染みが薄い。むしろ、子供たちがカレーを食べるなら、プラスチックのスプーンの方が圧倒的に使いやすいはずだ。

『美紀ちゃん、さっきの割り箸、やっぱりキャンセルで! 代わりに使い捨てのプラスチックのスプーンとフォーク、それぞれ中サイズで100本入りを数パックお願い。あと、もしあれば、個包装になってるやつだと嬉しい』

 送信ボタンを押すと、しばらくして『了解しました! スプーンに変更ですね! 在庫確認して明日また連絡しまーす!』と返信が来た。

「……プラスチック。これも、あっちでは『魔法の素材』なんだよな」


 軽くて丈夫、そして滑らか。

 金属のスプーンは高価で、木のスプーンは手入れを怠ればすぐにカビたり欠けたりする。

 使い捨てのプラ製品。日本側では「環境負荷」が叫ばれる存在だが、あちら側では、衛生的で安価な、夢のような食器になる。


「……おっと、お昼前か」

 お腹が鳴った。

 昨夜食べた三ツ谷精肉店のコロッケの味を思い出す。

 悠真は、美紀ちゃんから貰った宇治抹茶仕立てのしっとりチョコを取り出し、口に放り込んだ。

 抹茶の苦味とチョコの甘さが口に広がると同時に、悠真の視界の端に、昨日見た「三輪カート」のパンフレットが入り込んだ。


「……よし。お昼を食べたら、もう一度リサーチだ。隣の空き店舗じゃなくても、やりたい人がいないか組合の会合で出してみるとして、今は僕ができることを広げよう」

 悠真は、レジの精算機を一度閉じ、店の入り口に「休憩中」の札をかけた。


 電車の発車のベルが街並みに響く、お昼時の喧騒。

 それはエデンベルクの市場の活気と重なり、悠真の耳には心地よい二重奏デュエットのように響いた。

「抹茶パウダーに、プラスチックスプーンに、三輪カート……。次の『おみやげ』、バルガスさんたちはどんな顔をするかな」

 悠真の胸の中に、新しい「商売の火」が灯っていた。

 それは、昨日見た、奏多が作るカレーの湯気のように、温かく、そして力強く燃え始めていた。

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