第83話 商業ギルドへの訪問
エデンベルクの冒険者ギルドの重厚な門を後にした悠真の一行。真っ赤なキャリーワゴンが石畳を叩く「ゴロゴロ」という軽快な音は、今や通りすがりの市民や商人の視線を釘付けにする、この街の新しい「予兆」の音となっていた。
「ユウマ、次は『商業ギルド』へ行くと言いましたね。……覚悟はできているのですか?」
フィアネスが、腰の長剣の鯉口をわずかに切りながら、真剣な眼差しで悠真に問いかけた。
「覚悟……? 買い物に行くようなものじゃないのかい?」
悠真の呑気な問いに、ゼノスが苦笑しながら肩をすくめる。
「ユウマ、冒険者ギルドは『力と血』の世界だが、商業ギルドは『欲と金』の戦場だ。特にあんたみたいに、正体不明のしかも既存の価値観を根底から覆すような宝の山を抱えた新顔は、欲深い連中どもの格好の標的になる」
「あいつらは、あんたのその赤い荷車の中身だけじゃなく、その『出所』……つまりあんた自身を丸呑みにしようとするだろうぜ」
ガルドがゴーグルを額に上げ、周囲を警戒するように視線を鋭くさせた。
悠真はワゴンのハンドルを握り直した。
「……分かってる。でも、僕の店はあくまで商店街の『おみやげ屋』だ。この街で商売を続けるなら、あそこの許可……つまり『商圏の秩序』に従わないといけないんだろう?」
「ええ、その通りです。だからこそ、私たちB級パーティー『銀の翼』が、ユウマの『護衛』兼『保証人』として立ち会う。……リリエッタ、準備は?」
フィアネスの問いに、リリエッタは静かに頷いた。
「はい。不当な契約魔術が発動しないよう、精神障壁の準備は万全です」
一同は、街の中央広場に面した、白亜の大理石で造られた壮麗な建物へと向かった。
そこが、エデンベルクの経済の心臓部、『黄金の秤』の看板が掲げられている。
重厚な扉を開け、悠真たちがエントランスに足を踏み入れた瞬間、空気が一変した。
冒険者ギルドの喧騒とは違う、羊皮紙をめくる音、計算尺が弾かれる音、そして小声で交わされる密談の気配。
赤いワゴンが絨毯の上を静かに滑っていくと、並んでいる商人たちが一斉に作業を止め、悠真を値踏みするような冷ややかな視線を浴びせた。
受付カウンターにたどり着くと、そこには金の縁取りの眼鏡をかけた、いかにも神経質そうな中年の事務官が座っていた。
「……何の用だ。ここは荷車の展示場ではない。登録のない行商人は裏口へ回れ」
事務官は悠真の身なりを一瞥し、鼻で笑った。
その瞬間、フィアネスがカウンターを強く叩いた。
「この者は、我が『銀の翼』が全面的に保証する特級の協力者だ。さらに、冒険者ギルドマスター・バルガス殿からの直々の紹介状も持っている。……それでも裏口へ行けと言うのか?」
フィアネスが差し出した、バルガスの封蝋が押された羊皮紙を見た瞬間、事務官の顔から血の気が引いた。
「なっ……し、失礼いたしました! バルガス様の……。し、直ちにギルド長代行を呼んで参ります!」
事務官は脱兎のごとく奥へと消えていった。
「……権威の力って、どこの世界でも凄いんだな」
悠真が呆れたように呟くと、ガルドがニヤリと笑った。
「これが『秩序』ってやつさ。だが、ここからが本番だぜ、ユウマ」
案内されたのは豪華な応接室だった。
四方を金糸のタペストリーに囲まれ、高価な香油の匂いが漂う中、巨大な執務机に一人の男が座っていた。
恰幅のいい体躯に、指にはこれでもかというほどの魔宝石の指輪。エデンベルク商業ギルド長、ローレンツ。
彼は悠真の顔を見るなり、脂ぎった顔に満面の笑みを浮かべた。だが、その瞳は一切笑っていない。
まずは悠真が、ローレンツに挨拶と自己紹介をすると
「いやあ、ようこそお越しくださいました。巷で噂の『異界の品を持つ商人』、ユウマ殿……とお呼びしてよろしいかな?。」
ローレンツは立ち上がり、悠真の手を握ろうとしたが、フィアネスがその間に割って入った。
「挨拶はいい。ユウマは、この街で『店舗経営』を行うための正式な許可証と、関税の適正化を求めている」
ローレンツは「おやおや、手厳しい。握手くらいさせていただきたいのだが」と肩をすくめ、ソファに深く腰掛けた。
「許可証、ですな。……結構。ですが、商業ギルドの規則では、出所不明の商品を扱う店には、売上の50%を治安維持費として納めていただくことになっております」
「50%!? ふざけるな、リリエッタ、そんな規約は……」
フィアネスが声を荒らげようとした時、悠真が静かに一歩前に出た。
「ローレンツさん。その50%という数字は、あくまで『価値の判定が不可能な品』を扱う場合ですよね?」
悠真は、キャリーワゴンの中から、一つだけ「お土産」を取り出し、テーブルに置いた。
それは、リリエッタが夢に見るほど大好きな「いちごミルクキャンディー」だった。
「これは、我が故郷の特産品を使った菓子です。……まずは一口、召し上がってみてください。話はそれからです」
ローレンツは訝しげに眉を寄せたが、悠真の堂々とした態度に気圧され袋を開けた。
漂うミルクの芳香さと、苺の甘酸っぱい匂い。
彼がそれを口に入れると、ミルクと苺が混ざった繊細な甘さが響いた。
「……っ!? な、なんだ、この……この深いコクと甘みの絶妙な調和は……! 舌の上で溶けるようななめらかな加工……。我がギルドが独占契約している王都の御用達菓子店でも、これほどのものは作れん……!」
「価値が分かっていただけましたか。この菓子は、僕の店にある膨大な『商品』の、ほんの序の口に過ぎません。……もし、僕に法外な税を課して店を潰すようなことがあれば、この街の富裕層や貴族たちは、この味を知る機会を永遠に失うことになります。……それは、商業ギルドにとって大きな『損失』ではありませんか?」
悠真の言葉には、日本の商店街で培った「客の心を読む」したたかさが宿っていた。




