第79話 美紀ちゃんからの電話
悠真がリリエッタとの通話を終えたとき、店内は再び日本の静寂に包まれた。しかし、その耳の奥にはまだ、彼女の透き通るような声と、異世界での「経済の重み」が残響として響いている。
「15%から20%の控除か……。どこの世界に
行っても、税金と手数料からは逃げられないってことだな」
悠真は苦笑しながら、手元のメモ帳に「アルテミシア用・簡易収支表」と書き込んだ。フィアネスやリリエッタがB級パーティーの特権を使って交渉してくれたおかげで、出所不明の商品に課される35%という法外な税を回避できたのは、商人として大きな一歩だ。
「よし、明日の準備を完璧に終わらせよう。リリエッタに『会話の腕輪』を返すのも忘れないようにしないとな」
自分に言い聞かせ、身支度を整えて店を閉めようとしたその時、レジカウンターに置かれた固定電話がけたたましく鳴った。
「はい、おみやげのながもりです」
『あ、悠真さん? 縁プロダククトの安野です! いつもお世話になっております。朝にメールいただいた発注リストの品が全部揃いましたので明日、お店に納品にお伺いしたいのですが?』
電話の主は、フットワークの軽さが売りの卸業者「縁プロダクト」のうちの店の担当の安野美紀だ。いつも元気な彼女の声は、どこか現実へと強く引き戻してくれる安心感がある。
「美紀ちゃん! 早いね。助かるよ」
『えへへ、悠真さんにたくさん発注していただけたので頑張っちゃいました。、今回メーカーから入った新商品のサンプルもいくつか持っていきたいんです。観光客に絶対受ける「抹茶味」スナックの新作ですよ!』
「新作」という響きに一瞬心が動いたが、明日の午前中は三ツ谷精肉店での肉の受け取り、何よりアルテミシアに納品とお金を回収に行かないといけない。
「ごめん美紀ちゃん、明日はちょっと外せない用事があって……納品は明後日にしてもらってもいいかな? 新商品の紹介も、その時にゆっくり聞かせてよ」
『えー、残念! 分かりました、じゃあ明後日の朝一で伺いますね。 ではでは!』
電話を切った悠真は、大きく伸びをした。
「……さて、帰って明日に備えて早めに寝るか」
翌朝。悠真は開店の1時間前に店に入り、すぐさまトラックを出して「三ツ谷精肉店」へと向かった。
「おはようございます、三ツ谷さん!」
「おう、悠真君! 待ってたぞ。注文の品物用意しておいたからな」
店に入ると、保冷ケースの中には、切り分けられた和牛、豚ロース、鶏ももが並んでいた。真翔君がテキパキとそれらをパックに詰め、悠真が持ち込んだ保冷剤入りの発泡スチロールへと収めていく。
「これだよ、悠真くん。脂のノリも鮮度もバッチリだ。料理人に三ツ谷の肉だって胸を張って伝えてくれ」
「ありがとうございます、真翔くん。三ツ谷さん、確かに伝えときますね」
代金を支払い、ずっしりと重い「注文品」を荷台に載せて店に戻る。裏口から商品を運び入れると、悠真は昨日キャンプ用品店で買った「真っ赤なキャリーワゴン」を広げた。
スチールフレームをガシャリと展開し、そこに肉の入った保冷箱、和央さんの店で買ったシルバーシートなどを入れて、ギルドへの商品見本にしようとお菓子や調味料の予備をテトリスのように積み上げていく。
「……よし。これで、準備完了だ」
悠真は深呼吸をし、店の入り口に向かった。シャッターの鍵を開け、ガラガラと音を立てて引き上げる。
目の前に広がっていたのは、白く輝く太陽が二つ、そして少し離れた場所に三つ目の月がまだ薄っすらと残る、エデンベルクの北の城壁沿いの路地だった。
石畳の冷たい空気が流れ込んでくる。自動ドアが開くと同時に、悠真はキャリーワゴンのハンドルを握り、ゆっくりと最初の一歩を踏み出した。




