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第75話 三ツ谷精肉店

 実家の自室。窓から差し込む朝日は、異世界の三つの月とは対照的に、どこまでも規則的で温かかった。悠真は昨夜、美咲と過ごした穏やかな時間を糧に、今日は「おみやげのながもり」の店主として、かつてない大きな仕入れに動こうとしていた。


 日本に並ぶ普通の肉が、あちら(アルテミシア)ではすごい反響を呼んでいた。ならば、本物の「専門店」の肉を持っていったらどうなってしまうのだろう。

「……よし、気合入れていくか」


 悠真はまずノートパソコンを開き、母親の伝手があるという「カリ梅」の製造元へメールを打った。

『……アルテミシアの冒険者たちに「回復の聖果(カリ梅)」として売り出すなら、うちのオリジナルパッケージにしたいからな』

 送信ボタンを押し、続けて仕入れ業者の担当の美紀ちゃんへ、在庫の切れたお菓子の発注リストを飛ばす。『アル〇ォート』に『たべっ〇どうぶつ』……。あちらで子供たちが目を輝かせて食べている姿を思い浮かべると、ただの作業もどこか誇らしく感じられた。


「次は本丸……三ツ谷さんのところだ」

 悠真は少し緊張しながら、三ツ谷精肉店の親父さんに電話をかけた。

「……あ、三ツ谷さん? おみやげのながもりの悠真です。先日、ご相談した件の相談で伺っても……はい、すぐ行きます!」


 三ツ谷精肉店は、商店街の活気の中心地だ。店頭のガラスケースには、芸術品のようなサシが入った和牛が鎮座し、隣のガラスケースには揚げたての和牛入りコロッケが、道行く人の胃袋を暴力的な香りで誘惑している。


「よう、悠真君。パトロールの連絡係も大変だが、本業も熱心だな」

 白いエプロンと髪の毛が入らないように帽子を被った親父さんが、豪快に笑いながら迎えてくれた。

「三ツ谷さん、実は……うちの店で少し特殊なルートの卸を始めようかと思ってまして。三ツ谷さんのところの和牛、それから豚や鶏を、不定期ですがまとめて買わせてもらいたいんです」

 三ツ谷さんの顔から笑みが消え、鋭い「職人の目」になった。


「……うちの肉をまとめて? 悠真君、うちは安売りスーパーじゃないぞ。適当な扱いをする相手には売らん」

「分かってます。知り合いの料理人が、どうしても三ツ谷さんのところのような『本物の肉』を使いたいって言ってるんです。彼なら、この肉を最高の形で客に出してくれます」

 悠真の真剣な眼差しに何かを感じたのか、三ツ谷さんは訝しげに鼻を鳴らしつつも、奥の作業場へと招き入れてくれた。


「いいか。肉には格付けがある。歩留まり等級のA、肉質等級の5。これが最高峰のA5和牛だ。だがな、一番大事なのは『用途』だ」

 三ツ谷さんは壁の部位図を指し、熱弁を振るった。

「赤身が強いモモは煮込みに、脂の旨味ならリブロース。うちが扱ってるのは近江牛の血統だが、これを届けるなら恥をかかせるなよ」

 悠真は必死にメモを取った。


 奏多さんが言っていた「下処理に時間がかかる魔獣の肉」を思い出す。日本の洗練された精肉技術こそ、彼らが一番欲しているものだ。

「和牛をメインに、豚ロース、鶏もも。まずは各数キロずつ、明日までに用意してもらえますか?」

「……お前、一人で捌ける量じゃねえぞ。まあいい、注文なら受けてやる。うちの肉を出すからには、最高のものを用意してやるからな」


 その時、店の裏口からトラックの音が聞こえ、一人の青年が入ってきた。

「親父、ただいま。納品終わったよ」

「おお、真翔か。悠真君が来てるぞ」

 悠真は振り返り、目を見開いた。昨夜、美咲が「横も大きい男の人」と言っていた真翔は、そこにいなかった。背は高いが、重い肉の塊を運んで鍛えられたであろう、引き締まった細マッチョの体型だ。

「あ、悠真さん! ご無沙汰してます」

真翔が爽やかな笑顔で歩み寄る。

「……真翔くんか!? 随分変わったね」悠真が戸惑って言うと 真翔は笑って続けた。


「美咲ちゃんから聞いたんでしょ? 昔は確かに太ってたんですけど、親父の店を手伝い始めてから少しずつ絞れたんですよ。希実ちゃんも子連れでよくコロッケ買いに来てくれますよ。高校時代、僕らアニメ同好会でよくオタ話してたんですよ」

 意外な繋がりに驚きつつも、悠真は確信した。この信頼できる親子が用意する肉なら、アルテミシアの人々を、そして奏多さんの家族を、心から笑顔にできると。


「これからよろしくお願いします。」

悠真は二人としっかり握手を交わした。

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