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第73話 隠れ家デート ①

 夕闇が商店街のアーケードを包み込み、街灯がオレンジ色の光を路面に落とし始める。『おみやげのながもり』の店主、長森悠真は、心地よい疲労感と共にレジの精算を終えた。


 店内を見渡せば、棚のあちこちにぽっかりと空白ができている。奏多と玲奈、そして奏音が帰った後の棚は、まるで嵐が過ぎ去った後のようだった。

「……あんなに喜んでもらえると、商売冥利に尽きるよな」

 悠真は、レジ横に置かれた二枚の金貨を見つめた。アルテミシアの金貨。日本の貨幣価値に直せば、一抱えものお土産を買ってもお釣りが来る代物だ。おまけを山ほど付けて調整したが、奏多は「今後の仕入れ代金と手間賃の前払いだ」と言って受け取らなかった。


「次の仕入れも頼まれているから、スキルを使って金貨を収納してっと……」

 苦笑いしながらも、今日の売り上げは久々の二桁越えだ。日本側のお客さんも数名訪れてくれたおかげで、店の経営にようやく明るい兆しが見えてきた。


 悠真は、品切れになった商品のリストをメモに書き出した。『アル〇ォート』『たべっ〇どうぶつ』などのファミリーパック、それに各種調味料や地域限定レトルト食品。仕入れ業者の美紀ちゃんにメールを送らなければならない。

 そういえば、一番大事な日本に戻りたいかを聞きそびれてた。


「よし、今日はここまでだ」

 店の入り口に出て、シャッターを下ろそうと腰を屈めた時、頭上から鈴の鳴るような明るい声が降ってきた。

「あっ、悠真! もう閉店?」


 顔を上げると、そこには恋人の佐倉美咲が立っていた。仕事帰りのオフィスカジュアルに身を包み、少し疲れた様子を見せつつも、悠真を見つけるとパッと花が咲いたような笑顔を浮かべた。

「うん、ちょうど今終わったところ。美咲、お疲れ様」

「お疲れ様! あ、さっき出てきた子連れのお客さん、ずいぶんたくさん買い込んでたね。入り口ですれ違ったんだけど、海外の人? すごく派手な髪色の綺麗な女の人と、かっこいいサングラスの人」

 美咲の何気ない言葉に、悠真の背筋に冷たいものが走った。


 悠真の視点では、あの時、店の外はエデンベルクの石畳と城壁に繋がっていた。玲奈たちは中世ヨーロッパ風の異世界へと帰っていったはずだ。

 だが、美咲には「日本の商店街を歩く外国人観光客」に見えていた。

(境界線ですれ違ったのか……。同じ場所、同じ時間なのに、見えている世界が違うなんて)


「……ああ、そうだね。友人さんの分も合わせて、まとめ買いしてくれたんだ」

 悠真は動揺を悟られぬよう、努めて平静を装いながらシャッターを最後まで下ろした。カシャリ、という金属音が、異世界への扉を物理的に閉ざしたようで、少しだけ安心した。


「明日、お店は定休日だよね。ねえ、今日この後、晩ごはん食べに行かない?」

 美咲が少し甘えるように首をかしげる。その屈託のない表情が、異世界に行って張り詰めていた悠真の心を、ふっと解きほぐした。

「いいね。ちょうどお腹も空いてたんだ。どこに行こうか?」

「そうだなあ……たまにはパスタとか、隠れ家的なイタリアンに行きたいかな」

 二人は並んで歩き始めた。街路樹の隙間から見える月は、日本側では当然、一つしかない。


 商店街を抜け、町はずれの少し細い路地を入った場所にある小さなイタリアンレストラン。アンティーク調のランプが灯るその店は、今の悠真にとって最高に「普通」で、最高に贅沢な場所に感じられた。

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