第59話 査定の結果
リリエッタから会話の腕輪を借りたという箇所を追記しました。
悠真はアルテミシアでは言葉が通じないのを失念していました。
すみませんがよろしくお願いします。
自由都市エデンベルクの朝、石造りの城壁に寄り添うようにして現れた『おみやげのながもり』のシャッターが、ガシャガシャと威勢の良い音を立てて上がった。
「よし、開店だ」
店主、長森悠真は日本時間の午前9時30分、いつものルーティンで「いらっしゃいませ」と書かれている看板を出す。だが、その足元は、昨日までの平穏なアスファルトではない。入り口からはエデンベルクの賑やかな市場が広がり、裏口から出ると日本の駅前商店街が、いつも通りの朝の静けさを保っている。
悠真はこの奇妙な現象に、少しずつ慣れ始めていた。どうやらこの店は「境界」そのものになっているらしい。
「おはよう、長森さん。今日は一段といい天気だね」
「おはようございます、佐藤さん。商売繁盛といきたいところですね」
店内に声をかけてきたのは、三軒隣の電気店「佐藤電化」の佐藤社長だ。彼の目には、店の外はいつもの商店街に見えている。だが、佐藤さんが去った直後、今度は自動ドアが「ピローン」と鳴り、恐る恐る中を覗き込む影があった。
「……失礼する。あの、ここは空き地で店など無かったはずなんだが?」
現れたのは、革鎧を纏ったアルテミシアの衛兵風の男だ。彼から見れば、店の外にはエデンベルクの城壁が見えている。
悠真は動揺を悟られぬよう、営業スマイルを浮かべた。
腕にはリリエッタが貸してくれた『会話の腕輪』があり、その効果でアルテミシアの言葉が何となく理解できた。「これはすごい魔道具だ!!」と悠真は驚きつつ接客する。
「いらっしゃいませ。今日から営業させてもらうと思います。、どうぞ、中を見ていってください。珍しいものがたくさんありますよ」
衛兵風の男は、棚に並ぶ様々なお土産品をまるで古代遺物でも見るような目で見つめている。
悠真は試供品の煎餅を渡したが食べずに出て行ってしまった。
午前中の店内は、奇妙な静寂と喧騒が入り混じっていた。
日本の女子高生が「自販機よりペットボトル飲料が安くて助かります!」と駄菓子と一緒に選んでいるすぐ隣で、アルテミシアの老婆がペナントを見て「この護符を一枚譲っておくれ」と、銀貨を握りしめている。二人はお互いが見えていないようだ。
悠真は二つの世界の通貨を捌いていった。だが、心ここにあらずだ。
(フィアネスさんたちはまだかな……。オークの査定、本当にあんな高額になるんだろうか)
懐の銀貨を数える指が、期待でわずかに震える。昨夜ガルドたちが言っていた「常識がひっくり返る」という言葉が、頭の中でリフレインしていた。
夕刻、アルテミシアの空が三つの月に照らされ始めた頃。
自動ドアが勢いよく開き、息を切らしたリリエッタたちが飛び込んできた。
「ユウマ! お待たせしました!」
リリエッタは貸した紺色のパーカーの袖を捲り上げ、頬を高揚させていた。その後ろには、威厳を保とうと努めながらも鼻息の荒いフィアネスと革袋を抱えてニヤニヤが止まらないガルドとゼノスの姿がある。
「査定結果、出たのかい?」
悠真の問いに、ガルドがカウンターに革袋を置いた。
「すまない、ユウマ。オークと魔石については、異世界の生態系を越えた高純度な魔力を秘めている可能性があり、正確な査定には解体後の精密な調査が必要だという結論になった。」
悠真が密かに期待していた「即金での高収入」の夢は、ひとまず 「取らぬ狸の皮算用」として持ち越されることになっ た。
ゼノスは続けて「ただお前の持たせてくれた『ブルーシート』。ギルドが欲しがって金貨5枚、透明な手袋は全部で銀貨20枚で買取りたいから確認してきて欲しいとさ。宿屋の主人に渡した「肉」は全部で銀貨150枚になった!。だから、今日は「肉」の報酬の銀貨だけ受け取ってきた。」
悠真の思考が停止した。
アルテミシアでの金貨1枚は、日本の貨幣価値でおよそ10万円から15万円に相当する。それが5枚。さらに銀貨はおよそ500円相当だ。
(……ブルーシートが50万以上でポリ手袋が全部で1万!? 在庫の備品で!?)
「さらに、ギルドからの正式な要請だ。『透明な手袋』と『ブルーシート』の在庫があれば納入してほしいと依頼があった。報酬額については相談したいそうだ。他になにか商品があれば持って来て欲しいと言っていた。」
フィアネスが、悠真の手を真剣な表情で握った。
「ユウマ、君はもう、ただの店主ではない。この街の、いやこの世界を塗り替える存在になりつつある。」
「今日、受け取った報酬は一人頭、銀貨30枚で分けよう(さすがに報酬の独り占めは出来ないし…)。ギルドには「ブルーシート」と「ポリ手袋」の価格はその値段で構わないからと連絡して欲しい。後の依頼については2、3日中に揃えられると思うから、納品時に残りの報酬を貰うと言っておいてくれないか。今日はもう店を閉めるよ。これから日本の商店街の会合があるんだ」
別れを惜しむリリエッタたちを見送り、悠真は店のシャッターを下ろした。アルテミシア側の景色が遮断され、そこには再び、夕暮れ時の静かな日本の駅前商店街が戻ってくる。
銀貨30枚はスキルで収納し悠真はエプロンを脱いだ。龍の額縁の鏡を見ると、遠くに宿屋に向かうリリエッタたちの後ろ姿が見えた。
「……信じられない一日だったな」
彼は閉店作業を済ますと、今日を振り返りながら足早に会合場所の公民館へと向かった。




