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第57話 帰還後 ―ガルドの回想―

 ドワーフの重戦士にして鍛冶師、ガルドフェルト・アイングット。皆んなからは愛称の「ガルド」で呼ばれている彼は今、宿屋兼酒場『守護の炎(ガーディアン)』での行方不明の捜索隊参加者への慰労と無事に帰還できた祝いの宴会でおおいに飲んで騒いだ後、自宅兼工房で信じられない思いと共に、手元の「宝物」を眺めていた。


 石造りの部屋に、ランプの火が揺れる。その

 灯りを反射して、銀色に、あるいは漆黒に鈍く光るそれらは、アルテミシアのどんな名匠が鍛え上げた武具よりも、恐ろしく、そして美しかった。

 「……ありえねぇ。思い返しても、夢じゃなかったってのが一番信じられねぇよ」

 ガルドは、悠真からのお土産に渡された『工具セット(ハードケース入り)』のラチェットレンチを手に取り、その「カチカチ」という精密な歯車の音を鳴らした。

 

 ガルドの脳裏にはあの時、遭遇した戦慄の光景が焼き付いている。

 霧降の深森が変質し、気づけば見たこともない「黒い石が混じった道(アスファルト)」に立っていた。そこに現れた巨大なオーク。

 ガルドはドワーフの誇りにかけて斧を叩き込んだ。だが、魔力を帯びたその一撃でさえ、オークの分厚い皮膚に少しの切り傷をつけるのが精一杯だった。

 だが、あの青年――ユウマが放ったあの奇妙な三枚刃。

「手裏剣……って言ったか。あんな薄っぺらな鉄の板が……」

 ただ、理にかなった形状と、異世界の未知なる鋼の強靭さだけで、オークの首を、まるでパンでも切るかのように撥ね飛ばしたのだ。

 「ユウマの野郎、あんな物騒なもんを『草刈りの替え刃』だなんて笑ってやがった。あの世界の農民は、死神の鎌でも振り回して畑を耕してるのかよ……」

 

 オークを仕留めた後、悠真に導かれて目にした日本の街並みは、ガルドの工学的な常識を粉々に粉砕した。

 「おいおい、魔法陣も魔石も積んでねぇのに、なんであの巨大な鉄の箱が動くんだよ!」

 悠真が「トラック」と呼んだ鉄の馬車。その心臓部を見せてもらった時、ガルドはあやうく気絶しかけた。緻密に組み合わされた金属の塊、張り巡らされた管、そしてガソリンという名の「燃える水」。

 魔法に頼らず、爆発の力を回転に変えるという発想。それは、ドワーフが千年間かけても辿り着けなかった「機械工学」の極北だった。


 そして、街の至る所に立っていた三色の光の柱――「信号」。

「ユウマが『赤は止まれ、青は進め』って言った瞬間、あの鉄の馬車たちが一斉に動き出した。軍隊の行進だってあんなに統制は取れねぇ。あの世界の人間は、法律っていう目に見えない魔法で縛られてやがるんだな」


 滞在中、ガルドが最も衝撃を受け、そして敗北感を味わったのは、皮肉にも戦いの道具ではなかった。

 悠真の家の奥、小さな個室にあった「白い椅子」。

「ウォシュレット……。あれは反則だろ」

 初めて座った時の衝撃。温かい便座、そして突如として放たれる温水の矢。

「ひぎゃあぁ!」と思わず声を上げたガルドだったが、その後の爽快感は、一生忘れられないものになった。


「あんなもん、王侯貴族だって持ってねぇぞ。あの世界じゃ、尻を洗うためだけに精密な水流操作魔法を組み込んだ機械を全家庭に置いてるのか? 贅沢にも程があるぜ」


 その後、食べた「町中華」という食事。

 そこで飲んだ「生ビール」と「焼き餃子」

「なんだよ、あの透明な黄金の酒は! 雑味がねぇ、喉越しが良すぎる! それにあの餃子というのは噛み締めた瞬間に、皮のモチモチ感、タレの酸味と辛味が先に襲い、その直後、熱々の肉汁が口いっぱいに弾けた。生姜とニンニクの香りをまとったジューシーな肉の旨みが堪らなかったな。」

 あの味を思い出しながら悠真から「これ、冷めないから」と貰った『断熱タンブラー』を眺める。

 フィアネスの説明によれば、この二重の壁の間には「無(真空)」が詰まっているらしい。

「無」を閉じ込めて熱を遮断する。魔法で結界を張るよりも効率的で、永続的。

「ユウマの野郎……。お前、本当にただの土産物屋か? それとも、神様が遣わした『次を切り開く者(ゲート・オープナー)』なのか?」

 

 部屋の隅には、悠真のもう一つのお土産『大容量クーラーボックス』が鎮座している。

 酒好きなガルドにとっての本当の宝は「日本の酒」の数々だった。

「蒸留酒」だという四角い瓶の茶色い酒をタンブラーに少し注ぐ。

 「ユウマが言ってたな。『飲み過ぎには注意してくださいね』ってよ。……へっ、ドワーフを舐めるなよ」

 強烈なアルコールの香りを楽しむ。

 「ぷはぁぁぁ! ……っきー! 効くぜぇ!!」


 「ユウマ……あいつは、自分がどれだけのものを持ってやがるか、これっぽっちも分かってねぇ。あんな無防備な顔して、世界を変える技術をポイポイ渡してきやがる」

 ガルドの瞳に、酔いとは別の、熱い光が宿った。

 フィアネスが懸念していた通り、この「日本の利器」が世に知れ渡れば、欲深い連中が黙っていないだろう。狡猾な貴族ども、あるいは影に潜む暗殺者たちが、あの穏やかな土産物屋を狙うに違いない。

 「あいつは俺たちの友人だ。……そして、俺に『最高の道具』と『最高の酒』を教えてくれた恩人だ」

 ガルドは、隣に置かれた愛用の斧を手に取った。

 その刃は、月明かりを吸い込み、青白い稲妻のように輝いている。

 「安心しろよ、ユウマ。お前が俺たちを驚かせてくれる限り、誰にもあの店には指一本触れさせねぇ」

 ガルドはタンブラーを高く掲げ、ユウマに乾杯した。

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