第54話 六日間の空白
第三章始まります。
エデンベルクの城壁の近くのわずかな空き地に突如として空間が歪むような異音と、強烈な光が走りました。
ガタガタと地面が鳴動し、そこに存在しなかったはずの奇妙な構造物が姿を現します。鉄のシャッターと自動ドアのガラスが陽光を反射し、色鮮やかな看板を掲げた建物。長森悠真の営む土産物屋『おみやげのながもり』が、再びアルテミシアの地にその礎を下した瞬間でした。
ギルドの重い扉を蹴破るようにして入ってきた四人に、エデンベルク冒険者ギルドの喧騒が一瞬で静まり返った。
「おい、見ろ……フィアネスたちのパーティーだ!」
「生きてやがったのか! 六日間もあの『霧降の深森』で行方不明だったっていうのに!」
詰め寄る冒険者たちの驚愕も無理はない。六日前、森から一切の魔獣の気配が消え、同時に彼ら四人との音信が途絶えた。ギルドが放った捜索隊も「森の構造そのものが変質している」と匙を投げ、半ば生存は絶望視されていたのだ。
だが、戻ってきた彼らの姿は、悲惨な遭難者とは程遠かった。
悠真が「とりあえずこれ着てれば良いか」とド〇キホーテの棚からひっつかんだ、アルテミシアで見たことがない派手な色の「スウェット(ド〇ペンのプリント入り)」を着ていて、フィアネスはサマーニット帽をかぶりその上にゴーグルをのせている。リリエッタはスウェットの上に悠真のパーカーを羽織ってた。ドワーフのガルドに至っては、暑がりなのか首まわりがパツパツになったTシャツ姿にスウェットを腰に巻いて、頭にはゴーグルを装着している。ガルドは上下スウェット姿だ。
パーティーのリーダーであるフィアネスはカウンターにいる受付嬢クレアに、袋に入っている魔石を見せ、ギルドの前に停めた荷車(途中で借りた)に載せている青い布の中に討伐したオークが入っていると伝えると、クレアは慌ててギルド長と査定担当の職員を呼びに行く。
「フィアネス!お前無事だったのか!」
フィアネスたちが帰還したと報告を受け奥から現れたのはギルド長のバルガスだ。かつて歴戦の猛者であった彼の目が、ギルドの前にある荷車……正確には、その上に載せられた「鮮やかな青い布」に釘付けになった。
「バルガス殿、心配をかけた。事情は後で話す。まずはこいつの査定を頼みたい」
フィアネスが冷静に告げると、査定員たちが恐る恐る青い布を剥ぐ。中から現れたのは、鮮度を保ったままの巨大なオークの死体だった。
「……なんだこの鮮度は。それに、この死体を包んでいた『青い布』は何だ? 魔法障壁のような強度だが、魔力は感じられん」
バルガスの問いに、フィアネスは沈黙を守った。ただ、彼の脳裏には、日本の山中で「これ、薄くて丈夫だからオークを載せて運ぼう」と笑顔でシートを広げた悠真の姿が浮かんでいた。
別室に招かれた四人は、バルガスと数名の幹部に対し、二時間に及ぶ聴取を受けた。
エデンベルク冒険者ギルドの別室。厚い石壁に囲まれたその部屋には、かつてない緊張感と、それ以上に濃厚な「期待」が渦巻いていた。
「……つまり、貴公らは森の異変に巻き込まれ、そのまま『異界』へと飛ばされていた。そこで出会った異邦人、ナガモリ・ユウマの助力によってオークを仕留め、彼の店ごとこの街へ帰還した……。そう言うのだな、フィアネス」
ギルド長バルガスは、証拠としてフィアネスが差し出した『500mlの緑茶のペットボトル』を凝視しながら問いかけた。フィアネスは、悠真から譲り受けたサマーニット帽を深く被り直し、冷静に頷く。
「左様です。我々が向こうで過ごした時間は体感で一日にも満たないものでしたが、こちらでは六日が経過していたとは……。時空の歪みがこれほど顕著だとは予想外でした」
バルガスは椅子の背もたれに深く体を預け、深いため息をついた。捜索隊を出し、生存は絶望的だと判断を下そうとしていた矢先の帰還。しかも、見たこともない「ド〇ペン」のプリントが踊る、異常に肌触りの良い服を纏っての帰還だ。
「……信じ難い。だが、そのもう一つの証拠があの荷車の上にあるわけだ」
別室の外、査定場では騒ぎが起きていた。悠真が「血が垂れると汚いから」と、数枚持たせてくれた『使い捨てポリ手袋』と、それらを包む『ブルーシート』。これら「日本の化学製品」は、この世界の鑑定士たちの目には、物理耐性と気密性に優れた「伝説級の魔道具」にしか見えていなかった。
「報告します! オークから摘出された魔石……その純度が、通常の個体よりも明らかに高い! おそらく、異世界の高純度な大気を吸い込んでいた影響かと!」
査定員が叫ぶ。ギルド長室に響くその声に、ガルドがニヤリと笑い、パツパツのTシャツの胸を叩いた。
「へっ、驚くのはまだ早いぜ、バルガス! 本命は、ユウマから預かってきた『肉』だ。我々が行った世界で買ったんだ。あいつ、オークが高級過ぎるからってわざわざ色々な肉を買ってくれたんだぜ。」
ガルドとゼノスは、交渉担当の職員と共に、ド〇キで買った『精肉』が入ってるクーラーボックスを持って、ギルド併設の食堂の厨房へと向かった。
バルガスは残ったフィアネスとリリエッタを見据え、声を低めた。
「フィアネス。その『ユウマ』という男、そしてあの店……。あれは今のエデンベルク、いやアルテミシアにとって救世主か、それとも破滅の引き金か?」
フィアネスは窓の外、城壁のすぐ隣に鎮座する土産物屋の方向を見つめた。
「彼は、単なる商売人です。ですが、彼が『日常』だと思っているものは、この世界では『奇跡』に等しい。……我々が彼を守らねばならないでしょう」




