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第51話 開店の喧騒 ②

「……ほう。ここが噂の『魔女の店』か」

 銀髪の青年、フィアネスが店内を見渡した。彼の視線が、棚に並ぶ『抱きしめる声』や見本品の『鋭利の刃』を通り過ぎ、カウンターに立つ玲奈の元で止まった。


 その瞬間、玲奈の背筋に冷たい汗が流れた。

(何……この人たち。魔力の密度が、今まで会った誰とも違う)

「エレンミア、リリエッタ。あまりはしゃがないでください」

 フィアネスがエルフ特有のテレパシー能力で窘めるが、隣の少女リリエッタは既にぬいぐるみの棚へ駆け寄っていた。

「フィアネス見て!これ、すっごく可愛いです!それに、魔力の編み方が……なんて緻密なの!」

彼女もエルフにしか聞こえないテレパシーで話す。

 幼い少女エレンミアも、小さな足取りで玲奈の前に進み出た。彼女は玲奈のローブの裾をじっと見つめ、鈴を転がすような、それでいて威厳に満ちた声で呟いた。

「驚いたわ。人族の街に、これほど純粋な『概念』を編む者がいるとはね」


 玲奈は努めて冷静に、『隠遁の腕輪』を起動させた。魔女風に加工された落ち着いた声がスピーカーから流れる。

「ようこそ、森の貴き方々。私の魔道具に何か御用でしょうか?」

 フィアネスが、玲奈の顔を覗き込むようにして一歩近づいた。

「マダム・レイナ。貴女の術式、興味深いですね。特定の音節を省略し、事象の『核』だけを直接魔力に転換している。これは我らエルフの古儀式魔術……『真名詠唱』の理に極めて近い。だが、貴女の編み方はもっと……合理的で、この世界の理とは別の場所から来ているようだ」


 フィアネスの緑の瞳が、玲奈の瞳の奥を暴こうとする。

「貴女……本当に『人族』ですか? その魂の形、我らと同じ気配を感じるが」

 玲奈は息を呑んだ。エルフという種族は、長寿ゆえに世界の深淵に触れている。彼らには、玲奈が隠している「異世界人」としての違和感が、明確な色の違いのように見えているのかもしれない。

「私はただの人族です。この街で、家族を守りたいだけの女ですよ」

 玲奈は、『隠遁の腕輪』を通して答えた。


 すると、一番幼く見えるエレンミアが、ふっと微笑んだ。フィアネスやリリエッタから敬意を払われている彼女こそが、この三人の中心。リリエッタにとっては実の母、フィアネスにとっては実の姉という、見た目からは想像もつかない長い年月を生きてきた長老格の存在だ。


「そうね。今はそれでいいわ。名前覚えたわよレイナ。貴女が編むこの『新しい風』が、この退屈なアルテミシアをどう変えるのか、しばらく見守らせてもらうわ」

 エレンミアはそう言うと、リリエッタが握りしめていた数体のぬいぐるみ(単なるぬいぐるみ)と、レオの数字絵札(トランプ)を指差した。

「リリエッタ、それを買いなさい。宿での慰みにはちょうどいいわ。……ああ、その赤いマントのぬいぐるみ、私も一つ貰おうかしら。何やら勇気をもらえそうな概念を感じるわね」

 フィアネスは、玲奈に向けた鋭い視線を緩めることなく、しかし優雅に一礼した。


「今回は、挨拶だけで失礼する。だが、貴女の工房にはいずれ、正式に話を伺いたい。この世界(アルテミシア)の『澱み』がこの街まで届く前にね」

 彼らは風のように、賑わう酒場を去っていった。


 残された玲奈は、カウンターを掴む手が微かに震えているのに気づいた。

「玲奈、大丈夫か」

奥から出てきた奏多が、彼女の肩を抱く。

「……ええ。でも、バレちゃったみたい。私たちが、この世界の普通の人間じゃないってこと。彼ら、私の術式が自分たちのものに似てるって言ってたわ」

 エルフの三人が残していったのは商品の代金、それ以上に重い「予感」だった。

 彼らは、玲奈の魔道具に魅了されただけではない。彼女の背後に、世界を揺るがす「概念の歪み」を見て取ったのだ。

 ミミリアが追い求める復讐、ナセル領主の非道な実験、そしてエルフたちが警戒する世界の変転。

 宿屋兼酒場『守護の炎』の開店という小さな勝利は、同時に、彼女たちをアルテミシアの巨大な運命の渦中へと引き摺り込む、最初の鐘の音となった。

 玲奈は、奏多の手を握り返し、静かに決意した。

(どんなに疑われようと、狙われようと。私は、私の『概念』で、この場所を守り抜く)

 店の外では、エデンベルクの夜空に三つの月が昇り始めていた。

 その光は、灰色の魔女の店を、銀色に優しく包み込んでいた。

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