第49話 開店準備 ②
自由都市エデンベルクの朝は、石畳を叩く馬車の音と、焼き立てのパンの香りで始まる。宿屋の改装を中断して、優先した酒場の改装工事が最終段階に入った宿屋兼酒場『守護の炎』の店内では、奏多がカウンターの微調整を行い、その傍らで玲奈は、新調した陳列棚に魔道具を並べていた。
『概念工房』。宿屋の一角に設けられたそのスペースには、孤児院の子供たちが丹精込めて縫い上げた『抱きしめる声』が並んでいる。その可愛らしいぬいぐるみたちは、殺風景だった店内に柔らかな彩りを添えていた。
「玲奈、あまり根を詰めるなよ」
奏多が心配そうに声をかける。玲奈はスマホの画面に『大丈夫。でも、あの子たちのことが頭から離れなくて』と打ち込み、彼に見せた。
あの子たち――レオとミミリア。
あの日、ミミリアから聞かされた衝撃的な告白は、玲奈の心に暗い影を落としていた。ミミリアは義弟のレオに「日本人の記憶」を植え付け、復讐の餌に仕立て上げていた。
「復讐か……。夜の新宿にも、そんな目をした奴はゴロゴロいた」
奏多は忌まわしい過去を振り払うように首を振った。
「だがな玲奈、偽物の記憶だろうが何だろうが、レオが作った遊具で救われているガキ共がいるのは事実だ。それに、あいつのあの笑顔を、ミミリアも本当は壊したくないはずだ」
玲奈は深く頷いた。
ミミリアの復讐心を止めるには、言葉だけでは足りない。彼女が「レオを守るために復讐する」のではなく「レオと共に生きるために復讐を捨てる」選択肢を提示しなければならないのだ。
その時、店の扉が勢いよく開いた。
駆け込んできたのは、孤児院の少女アリアだった。彼女の瞳は希望に満ち、自立への喜びに輝いている。
「レオ君が新しい『遊び』の試作品ができたって……これ、見てください!」
アリアが差し出したのは、数枚の硬い紙だった。そこには、レオがミミリアから教わったであろう日本の「トランプ」のデザインが、彼なりの解釈で描かれていた。
「レオ君、これをマダムの魔法で、もっと丈夫にして、みんなで遊べるようにしたいって……」
玲奈はそのカードを手に取り、微かな震えを感じた。レオは、ミミリアが植え付けた「偽の記憶」を使い、懸命にこの世界に新しい光を生み出そうとしている。その純粋な創作意欲こそが、ミミリアの歪んだ計画を浄化する鍵になるかもしれない。
玲奈は心の中で『概念具現』を紡いだ。
(不滅の娯楽……このカードに、色褪せない楽しみという概念を!)
指先から漏れる魔力がカードを包み、銀色の光沢を与えていく。
「開店まであと1週間。レオ君とミミリアさんを、この店のオープニングセレモニーに招待しましょう」
玲奈は、『隠遁の腕輪』の変換機能を使って、静かだが決然とした声で宣言した。
「彼女に、レオ君が作ったものがどれだけの人を幸せにするか、その目で見てもらうの。復讐の炎を、未来を照らす灯火に変えるために」




