第48話 偽りの記憶
孤児院『慈愛の灯』の裏庭で、ミミリアの冷徹な告白を聞き終えた私は、しばらく言葉を失っていた。腕輪から流れる私の「声」も、どこか湿り気を帯びている。
「復讐の餌……。本気でそんなことを言っているの?」
私の問いに、ミミリアは答えず、ただ遠くで子供たちに囲まれて笑うレオを見つめていた。その横顔には、冷酷な復讐者としての仮面と、弟を慈しむ姉の情愛が、危うい均衡で混ざり合っている。
「レオは、自分が日本人だと信じているわ。私が植え付けた、前世の知識や、楽しかった頃の日本の記憶。あの子はそれを糧にして、この退屈な世界を彩ろうとしている。……ある意味、私よりも幸せかもしれないわね」
ミミリアの言葉は自嘲気味だった。彼女は、レオを囮にして両親の仇を誘い出そうとしている。だが、そのためにレオに与えた「日本の知識」が、皮肉にも彼を院のヒーローにし、多くの子供たちの孤独を救っているのだ。
「ミミリアさん。あなたが抱えている闇は、私には想像もできないほど深い。でも、レオ君が見せるあの笑顔まで『偽物』だとは思いたくないわ」
私は、レオが興味深く見ていたア〇パ〇マンのぬいぐるみを思い出した。あれは、私が作った「概念」以上の何かを、彼から引き出していたはずだ。
「開店準備を手伝ってほしいの。レオ君だけじゃない、あなたも一緒に」
「……私を監視するつもり?」
「いいえ。あなたのデザイナーとしての才能が必要なの。復讐のためにその力を使うのではなく、自分たちの新しい『居場所』を作るために使ってほしい」
私は、ミミリアの冷たい手をそっと握った。彼女の『無病息災』のスキルが、私に微かな温もりを伝えてくる。
「レオ君が作っているのは、単なるおもちゃじゃない。この世界の子供たちが、初めて手にする『未来』よ。それを守るのが、本当の意味の転生者じゃないかしら」
ミミリアは一瞬、目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。
「勝手なことを言わないで……。でも、レオがあなたの工房に行くと言うなら、私もついていくわ。あの子を一人にするわけにはいかないから」
素直ではない彼女の返事に、私は少しだけ安堵した。まずは、彼女を復讐の連鎖から引き剥がし、私たちの日常の中に繋ぎ止める。それが、この異世界で私にできる、最初で最大の「概念の書き換え」になるかもしれない。
長屋に戻ると、改装作業で煤だらけになった奏多が、私の顔を見てふっと息を吐いた。
「……話はついたのか」
「ええ。複雑だけど、彼女たちも私の店に迎えることにしたわ」
私は、奏多に全てを話した。復讐に燃えるミミリアと、何も知らずに輝くレオ。奏多は黙って聞き終えると、私の頭を無骨な手で撫でた。
「いいんじゃねぇか。宿屋兼酒場の『守護の炎』ができるまで、まだ二~三ヶ月はかかる。その間、騒がしくなるのは大歓迎だ」
新宿のあの夜を共に生き抜いた彼らしい、懐の深い言葉だった。私たちは、この歪な世界で、また新しい「家族」の形を探し始めようとしていた。




