第44話「遊具王」と呼ばれる少年 ①
一つ目の孤児院『希望の家』との契約が無事に締結され、『抱きしめる声』の量産体制は順調に進んでいた。
そんなある日、商業ギルドのディンケルが、玲奈にさらなる孤児院との提携を提案してきた。
「マダム・レイナ。孤児院同士の横の繋がりから、あなたの魔道具の噂が広まっています。特に、『縫製の魔羊皮』による安定した内職の提供は、社会福祉の観点からも高く評価されています。ぜひ、もう一つの大きな孤児院、『慈愛の灯』にも声をかけてみませんか?」
玲奈は、この世界で初めて持てた「家族と仲間」以外のコミュニティへの貢献に、喜びを感じていた。何より、幼い頃から家族の温もりを知らない自分の境遇が、孤児たちの生活改善への強い原動力となっていた。
「ありがとうございます。ディンケルさんのご提案、喜んでお受けします。」
翌日、玲奈は娘の奏音を連れて『慈愛の灯』という孤児院の門をくぐった。そこは『希望の家』よりもさらに古びた石造りの建物だったが、庭の芝生は丁寧に手入れされており、清潔感が漂っていた。
院内でシスターに挨拶を済ませ、作業場となる予定の部屋に案内された玲奈は、そこで予想外の光景を目にした。
この世界で一般的に子供の遊びと言えば、おままごとや、木の枝を剣にしたチャンバラ、簡単な木製の車を引っ張る程度だ。
しかし、この院の子供たちが遊んでいるのは、驚くほどカラフルな色が付いた積み木と、子供のおもちゃの素材としてはまず使われない貴重な紙を使った折り紙だった。
積み木は、精巧にカットされた立方体や円柱、三角形のピースで構成されており、複雑な城や動物の形が立体的に組み立てられていた。鋭利な箇所は危なくないように加工もしてある。奏音も興味を持ったのか玲奈の腕の中で身をよじり、「あー!あー!」と遊びたがっている。
そして、その積み木の横では、何人かの子供が均一な正方形のカラフルな色紙を真剣な顔つきで折っていた。彼らが手にしていた紙は、この世界では、魔術師や貴族が文字を記録するためにしか使わない羊皮紙より貴重品である。
玲奈は、思わずシスターに尋ねた。
「この積み木と折り紙は……どなたが考案されたのですか?」
シスターは優しく微笑み、一人の少年を指差した。
「あれは、私たちが『遊具王』と呼んでいる、あそこにいるレオという男の子が全て考案し、作っているんですよ。彼は本当に才能豊かで、紙の端切れや木片があれば、あっという間に子供たちを夢中にさせる『遊びの道具』を生み出します。」
玲奈は、その少年に目を向けた。彼は、木片を熱心に削りながら、他の子供たちに積み木の遊び方を教えている。
彼の姿を見た瞬間、玲奈の心臓が大きく跳ねた。
このアルテミシア大陸の人間は、光の神の加護を受けている者が多いと言う言い伝えがあり、髪の色や瞳の色は、金、銀、茶、青、緑など様々だが、色素の濃い黒髪や黒い瞳を持つ者は極めて珍しい。奏多や奏音の黒髪は、転移前の日本の遺伝子によるものだが、彼の瞳も、吸い込まれるような漆黒であり、髪もまた、光沢を帯びた真っ黒だった。
年の頃は十歳くらいだろうか。その少年、レオが奏多と奏音を除いて、この異世界で玲奈が初めて出会った「日本人の特徴」を持つ人物だった。
シスターによると、レオは産まれてすぐに捨てられていたのを猫の獣人夫婦に拾われた。獣人夫婦もその年に自分の娘が産まれていたので、レオを引き取り二人を姉弟として育てていたが、今から4年ほど前、猫獣人族特有の流行病に両親が感染し亡くなった為、姉弟二人でこの院に引き取られたという。それから、彼はこの院にいる子どもたちに、これまで誰も知らなかった「遊びや道具」を提供し続けている。
境遇を聞いた怜奈は彼に話しかけずにはいられなかった。奏音を抱きかかえながら、レオの元へゆっくりと近づいた。
「レオ君、こんにちは。素敵な遊び道具ね。」
レオは顔を上げ、玲奈の灰色がかった髪と、黒い瞳を見て、一瞬、目を見開いた。その視線は、玲奈がこれまでこの世界の人々から向けられてきた「珍しい」という好奇の視線とは、どこか違っていた。
玲奈は、言葉を心で紡ぎ、『隠遁の腕輪』を通して、優しい声で話しかけた。
「私はレイナ。今度、この院で内職のお仕事をお願いするの。あなたにも、試作品を見てもらいたいのだけれど。」
玲奈は、レオに試作品の『抱きしめる声』を見せた。それは、「ア〇パ〇マン」に似せた、赤と茶色の可愛らしい顔を持つ赤いマントを纏ったぬいぐるみだった。
レオは、ぬいぐるみを手に取り、その縫製とデザインの細かさを一瞥した。そして、その黒い瞳を玲奈に向け、非常に小さな声で、しかし明確な日本語のイントネーションで、こう呟いた。
「……何か、ア〇パ〇マンのキャラクターに似てるな。」
その瞬間、玲奈の全身に電流が走った。
「ア〇パ〇マン」。それは、このアルテミシアには存在するはずがない、日本のアニメキャラクターの固有名詞だ。
玲奈は、自分が声が出せないことを忘れて「えっ?」と声を上げそうになったが、間一髪で堪えた。心の中は激しい動揺で嵐のようだった。目の前の少年は、自分と同じく、異世界に転移してきた日本人かもしれない。
レオは、玲奈の動揺に気づいたのか、すぐにぬいぐるみを玲奈に返し、しまったという顔をして、目を伏せた。
「ごめんなさい、マダム・レイナ。変なことを言いました。このキャラクターは、私が昔読んだ古い本に載っていた架空の人物に似ている気がして……」
彼は、現地の共通語で流暢に話し、自分の失言を誤魔化そうとした。しかし、玲奈には確信があった。彼の瞳の奥に宿る動揺は、紛れもなく「秘密を知られた」人間のそれだった。
玲奈は、彼の目を見つめながら、心の中で言葉を紡いだ。
『大丈夫よ。でも、あなたと少し、二人だけで話がしたいわ』




