第41話 鍛冶師の来訪
話は少し戻る。
ギルドとの契約が成立し、玲奈が安堵のため息をついたその時、応接室の扉がノックされ、ディンケルが新しい客を連れてきた。
「マダム・レイナ、紹介します。彼はエデンベルクで最高の腕を持つドワーフの鍛冶師、ガルド氏です。あなた方が開発した『鋭利の刃』の刃物部分の量産について、彼に協力を仰ぎたいと考えています」
そこに立っていたのは、小柄だが筋肉質な体躯に、赤い髪で髪の色と一緒の立派な髭を蓄えたドワーフだった。彼は革のエプロンを纏い、背中には大きな袋を背負っている。
「よう。この街で鍛冶屋をしているガルドだ。」
ドワーフのガルドは無骨な声で挨拶した。その瞳は鋭く、玲奈の手元の契約書と、彼女が持ってきた『鋭利の刃』の試作品を交互に見ていた。
「この刃物、とんでもない切れ味だ。刃の魔力構造も見たことがない。あんた、いったいどうやって作ったんだ?」
玲奈は心の中で言葉を紡ぎ、落ち着いた声で答えた。
「私のスキル、『概念具現』によるものです。切れ味の落ちない包丁、という『概念』をルーンで固定しました」
ガルドは目を細めた。
「『概念具現』だと?……ほう。面白い。俺は冒険者としても活動しているんでな。あんたの旦那のカナタとゼノスのことも知ってる。あの二人の後ろに、こんな凄い女が居るとはな」
玲奈は驚いた。彼が奏多とゼノスのことを知っているということは、彼らが潜っているダンジョンやギルドで接点があったのだろう。
「彼奴らはC級にしては稼ぎすぎだと評判だ。しかも、倒した魔物の解体が異常に早い。理由がこれだったとはな。二人きりのパーティで他の冒険者を仲間に入れないし、当然、儲けは山分けだから稼ぎも多い。他の奴らに相当恨まれてるぞ」ガルドは『鋭利の刃』を手に取り、その刃先をじっと見つめて言った。
そして、試作品の包丁をテーブルに置き、真剣な眼差しで玲奈を見つめた。
「その事は一旦置いとくとしてだ。マダム・レイナ。あんたのこの『鋭利の刃』には、一つ疑問がある」
「疑問ですか?」
「ああ。これだけの切れ味と、魔力による強度を持ちながら、戦闘に使えないようにわざと魔力設計が施されている」
玲奈は、一瞬息を呑んだ。
彼女が『鋭利の刃』に込めたのは、奏多が愛用していた調理器具としての出刃包丁のイメージだった。それはあくまで「解体」と「調理」のための刃物であり、「殺傷」を目的とするものではなかった。
「その通りです。これは道具であり、武器ではありません。生命を奪うための力は込めていません」
ガルドは、ニヤリと笑った。
「もったいない!あんたのこの魔法、俺の鍛冶技術と組み合わせれば、この世に二つとない最強の武器が作れるぞ! 例えば、『必殺の剣』なんてどうだ? 敵の防御ごと切り裂くような、そんな武器をな!」
彼は身を乗り出し、玲奈の商売人としての情熱を刺激しようとした。
「あんたの旦那は傭兵だろ? 強い武器があれば、もっと早く稼げる。俺の技術で刃を作り、あんたの魔法で『必殺』の概念を定着させる。俺たちなら、このエデンベルクで一番の武器工房を築けるぞ!」
玲奈は静かに首を振った。
「申し訳ありません、ガルドさん。私は、家族と仲間を守るための『日常品』を作りたいのです。私たちがこの街に来たのは、危険から逃れて生きるため。これ以上、誰かを傷つけるための道具を、私の手で作り出すつもりはありません。武器商人と契約したのはあくまでも解体用としてですから。開店予定の店では小振りな包丁サイズしか扱いません」
彼女の言葉には、強い意志が込められていた。
彼女の『概念具現』は、「守護」と「生活の向上」のために存在する。
ガルドは、その揺るぎない決意に一瞬たじろいだ。そして、降ろした袋を背負い直し大きなため息をついた。
「ちっ、ったく。もったいない話だ。だが……わかった」
彼は再び、真面目な顔に戻った。
「ダンジョンに潜っている旦那たちの安全を考えりゃ、商品の量産は早いに越したことはないだろう。俺が刃物部分の製造を引き受けよう。冒険者ギルドからの評判も良い、あんたの旦那が命懸けで稼いでいる間に、俺が精一杯、刃物を作る手伝いをしてやる。店の改装もドワーフの大工連中に手伝うよう声をかけとく」
ガルドはそう言い残し、立ち去った。
ディンケルは、このやり取りを静かに見守り、満足そうに頷いた。
「マダム・レイナ。あなたのような確固たる哲学を持つ商人は、この街にはいません。あなたの店は、必ず成功するでしょう」
玲奈は、感謝の意を込めて深々と頭を下げた。これで、開店の準備は最終段階に入った。




