第119話 エルフの宿命
「……分かりました。中身はいらないって約束しましたから、一つはエレンミアちゃんに譲ります。でも、その代わり条件があります」
「何でも言え! 金か? 権力か? それとも、リリエッタか!?」
「いえ、そんなのじゃなくて……」
悠真はニヤリと笑い、ギルドの壁に貼られた復興計画図を指差した。
「二粒あるので、もう一粒は僕に預けてもらえませんか? エレンミアちゃんの魔法と、僕が日本から持ってくる『道具』で、一緒に育ててみたいんです」その言葉を聞いた瞬間、エレンミアは深い悲しみを含んだ溜息をついた。
「……ならぬ。小僧、それはあまりに無知な願いじゃ」
彼女は悠真の目を真っ直ぐに見据えた。
「世界樹の種を芽吹かせるには、まずエルフの里にある『聖なる泉』の純粋な魔力に浸し、数年かけて芽出しをせねばならん。ようやく芽が出たとしても、それが『苗』と呼べる大きさに育つまでには、さらに十数年……あるいは数十年かかるやもしれぬ。おぬしの言う『商売』や『効率』とは、住む世界が違うのじゃ」
悠真は息を呑んだ。日本のことわざ「桃栗三年柿八年」の比ではない。それは、一人の人間の情熱だけで追いきれる年月ではないのだ。
「ゆえに、この契約は今すぐには結べぬ。ワシはこの種を携え、一度リリエッタとフィアネスを連れて、エルフの隠れ里へ帰らねばならん。長老たちにこの奇跡を報告し、禁忌の術式を確認し、誰がこの樹を育てるか……その重すぎる覚悟を問わねばならぬのじゃ」
「エレンミア……。私たちも、里へ?」
傍らで聞いていたリリエッタが、驚きと共に、どこか寂しげな視線を悠真に向けた。
「いかにも。リリエッタ、おぬしの魔力の質はこの種と相性が良い。フィアネス、おぬしの弓は里までの道中の守りとなろう。……ユウマ、おぬしとはしばしの別れになるかもしれん。苗になるまで十数年、おぬしは待てるか?」
ギルドホールに、しんとした静寂が広がる。
十数年。悠真は自分の年齢を考えた。その頃、自分はどうしているだろう。この商売を続けているだろうか。それとも、もう日本に腰を据えているだろうか。
だが、悠真は苦笑いしながらも、その瞳から光を消さなかった。
「……十数年ですか。確かに僕には気の長い話ですね。でも、あの魔人を『塩』で倒せるなんて、誰も思ってなかったでしょう?」
悠真は、種をエレンミアの小さな手に優しく握らせた。
「成長を、一年や二年に縮める方法が、もしかしたら日本のどこかにあるかもしれない。農家さんの知恵とか、最新の肥料とか……。だから、これは預けます。里へ行って、長老たちに聞いてきてください。僕は僕で、こっちで調べておきますから」
「……おぬしという男は、最後までワシの想像を超えてくるな」
エレンミアは、今日一番の、子供らしい無邪気な笑みを浮かべた。
「がはは! 良いだろう、その契約、ワシが直々に受けてやるわい! ただし、次に会う時にワシを驚かせられねば、その首をはねてくれるからな!」
エレンミアは種を大切に胸元に仕舞い込むと、リリエッタとフィアネスに鋭く命じた。
「出発の準備をせよ! 急ぎ、里へ走るぞ!」
フィアネスが力強く頷く。リリエッタは最後にもう一度だけ悠真を振り返り、銀髪に挿したサンリオのヘアピンにそっと触れた。
「……待っててくださいね、ユウマさん」
「ああ。またすぐに、面白いものを持ってくるよ」
宝箱が開いた瞬間、エデンベルグの、そしてこの世界の新しい歴史が、一人の「お土産屋」の手によって動き出した。
悠真は、空になったアンティークの宝箱を満足げに眺めながら、次なる仕入れ――エルフの賢者を黙らせるほどの「日本の科学」と、彼女たちとの再会にふさわしい「とっておきの珍品」について、すでに考え始めていた。




