第117話 宝箱
和央さんの店を後にした悠真は、どこか晴れやかな気分でトラックを走らせていた。助手席には空になった機材ケースの代わりに、和央さんが「沢山もらったから」と持たせてくれた、採れたての夏野菜が詰まった段ボールが載っている。
「……よし、行くか」
エデンベルクに出ると乾いた空気が肺を満たした。
数日前までの地獄絵図が嘘のような、活気ある「復興」の風景が広がっていた。
石畳を洗う水の音、崩れた壁を叩く槌の音。そして何より、行き交う人々の顔から絶望が消え、心地よい疲労感と達成感が漂っている。
「おう、ユウマ! 良いところに来たな!」
声をかけてきたのは、巨大な木材を一人で担いだガルドだった。
「ガルド、精が出るね。街の様子はどうだい?」
「見ての通りよ! あの魔猫の結界のおかげで、迷宮からの霧は完全に止まった。今は、あちこちに飛び散った『お前の釘』を回収しながら、補修作業の真っ最中だ。ありゃあ良い鉄だ、溶かせば最高の補強材になるぜ」
悠真は苦笑いしながら、ギルドの正面へと回った。そこには、バルガスとゼノス、そしてエレンミアが、広場の中央に鎮座する「ある物」を囲んで頭を抱えていた。
それは、悠真が大量の塩を浴びせ、干からびて砕け散った『深淵の落とし子』の成れの果て――その中心部に残されていたものだった。
山のような塩の塊をどけた跡に現れたのは、重厚な装飾が施された、収納ボックスほどの大きさの鉄製の宝箱だ。
「……ユウマか。ちょうどいい、これを見てくれ」
ギルドマスターのバルガスが眉間に皺を寄せて指差す。
「魔人が消滅した後に残った宝箱だ。鑑定士や解錠師を総動員したが、傷一つ付かん。魔法で無理やり開けようとすれば、中身ごと自爆する術式が組まれているようでな。手が出せんのだ」
エレンミアが小さな手で宝箱の表面をなぞる。
「……これはこの世界の理で作られたものではない。深淵の奥底、異なる次元の法が働いている。小僧、おぬしならどうにかできるか?」
悠真は宝箱に歩み寄った。黒ずんだ銀のような質感に、見たこともない幾何学模様が刻まれている。
「僕にできるかな……。一応、触ってみますけど」
悠真が宝箱の蓋にそっと手をかざした瞬間だった。
カチッ、という、小気味よい金属音が広場に響き渡った。
「「「開いた……!?」」」
全員が息を呑む。だが、蓋は数ミリ浮いただけで、まだ完全には開かない。まるで「今はまだその時ではない」と拒絶されているような、奇妙な手応えだ。
「……いや、鍵の機構は外れたみたいだけど、まだ開けるには何かが足りないみたいですね。無理に開けない方が良さそうだ」
悠真は手を離した。バルガスが「中身は山分けだぞ」と笑うが、悠真は首を振った。
「いえ、中身はお任せします。報酬はもう十分頂きましたから。ただ……もし中身を出した後、この『箱』が不要になったら、アンティークとして僕に譲ってくれませんか? 店に飾ったら格好良さそうなので」
「がはは! お前という奴は、相変わらず欲があるのか無いのか分からん男だな。良かろう、箱は貴様の取り分だ!」
その後、悠真は「ご用聞き」として街を回った。
まずは宿屋『守護の炎』。奏多が汗を拭いながら、切実な顔で駆け寄ってきた。
「悠真! 良い所に、ちょうど肉が底を突きそうだ。例の『和牛』と、あとは『カレールー』と『味噌と醤油』を頼む」
続いて商業ギルドと冒険者ギルド。
「ユウマ殿、例の『シルバーシート』と『強力な粘着布』、それに『LED投光器』の予備をあるだけ回してくれ。迷宮の入り口を封鎖するための資材として、国が正式に買い上げることに決まった」
注文リストは瞬く間に埋まった。悠真は一度日本に戻り、美紀ちゃんへの追加発注や業務用スーパーやホームセンターをハシゴして物資をかき集めた。肉だけは鮮度の関係で後回しにし、まずは緊急性の高い資材を抱えて再びエデンベルクへ向かう。




