第116話 電動釘打ち機の返却
美咲を送り届け、静まり返った『おみやげのながもり』に戻った悠真は、心地よい高揚感の中にいた。美咲の「今の悠真の方が好き」という言葉が、胸の奥で温かい灯火となって燃えている。
しかし、その温もりを大切に仕舞い込み、悠真は店の倉庫へ向かった。そこには、エデンベルクの激戦を物語る『充電式電動釘打ち機』が鎮座している。
「よし……綺麗にしてやるからな」
悠真は作業用ライトを点け、使い古した歯ブラシ、細いピックとエアダスター、そしてパーツクリーナーを取り出した。
ネイラの射出口付近には、魔人の身体を構成していた漆黒の泥が、乾燥して薄い膜のようにこびり付いている。それは、日本の化学溶剤を吹きかけると、シュワシュワと音を立てて分解され、どろりと剥がれ落ちた。
一箇所ずつ、丁寧に。
釘を送り出すスプリングの隙間に挟まった異世界の砂利をピックで弾き飛ばし、バッテリーの接点に付着した魔素の残り香を、電気接点洗浄剤で拭き取っていく。
作業に没頭するうち、悠真の脳裏にはガルドがこれを豪快に乱射していた姿や、リリエッタの魔法が炸裂した瞬間がフラッシュバックする。
一時間後。
清掃とグリスアップを終えたネイラは鈍い光沢を取り戻していた。
「……良し、これで完璧だ」
悠真は満足げに頷き、それを専用ケースに収めた。
隣には、奮発して買っておいた地元の銘酒『桜蘭銘醸』の一升瓶を添える。道具を酷使した詫びと、世界を救う手助けをしてくれたことへの、精一杯の感謝だ。
翌朝、午前十時。
雲一つない快晴の下、悠真はトラックを走らせて『佐倉農業機械資材店』を訪れた。
店先では、いつものように油の匂いを漂わせた和央さんが、トラクターのエンジンをバラしていた。
「和央さん、おはようございます!」
「おう、悠真か。早いな。……なんだ、その顔。えらくスッキリしてやがるな」
和央さんはスパナを置き、汚れた軍手で額を拭った。悠真はトラックの助手席からネイラのケースと酒の袋を取り出し、作業台の上に置いた。
「これ、お返しに。それと、これ……つまらないものですが、お礼です」
和央さんは酒のラベルを見てニヤリと笑い、それからネイラのケースを開けた。
鋭い眼光で、射出口、トリガー、バッテリーボックスを隅々までチェックする。
「……ほう。随分と気合を入れて磨いたな。貸した時より綺麗じゃねえか」
「すみません、ちょっと現場が過酷で……」
「いいんだよ。道具は使われてこそ華だ。だがよ、悠真……」
和央さんは射出口の先端を指先でなぞった。
「ここ、鋼鉄の釘を撃ち出した時の摩耗じゃねえな。もっとこう……硬い岩か何かを無理やり穿ったような、見たこともねえ金属疲労の痕がある」
悠真は心臓が跳ね上がるのを感じた。流石はプロだ。
「……ええ。ちょっと、自分でも驚くような『相手』に使いまして」
「がはは! そうか。まあ、細かいことは聞かねえよ。お前がそのツラで帰ってきたってことは、いい仕事をした証拠だ。この酒、今夜ありがたくいただくぜ」
和央さんの無骨な手が悠真の肩を叩く。その重みは、バルガスのそれと同じくらい、信頼に満ちていた。




