第111話 夜間パトロールの段取り
午前十時。商店街がゆっくりと目を覚ます時間、悠真は『矢田時計店』の暖簾をくぐっていた。
店内には、振り子の刻む規則的なリズムが幾重にも重なり、独特の静寂を形作っている。カウンターの奥では、拡大鏡を片目に嵌めた矢田会長が、戻ってきたばかりの夜間パトロール回答用紙を仕分けしていた。
「おう、悠真くん。早いな。……昨夜はしっかり眠れたかい? なんだか少し、顔が引き締まったというか、精悍になった気がするよ」
「あはは、そうですか? ちょっと昨夜は……夜更かししちゃいまして」
悠真は誤魔化すように笑った。まさか数時間前まで、異世界で五メートルを超える漆黒の魔人と、日本の精製塩と釘打ち機を武器に戦っていたとは口が裂けても言える訳がない。
「さて、夜間パトロールの件だ。みんな協力的なのはいいが、仕事との兼ね合いがあるからね。調整が難航するかと思ったが、案外すんなりまとまったよ」
会長が広げた回答用紙には、商店街の面々の名前と、参加可能な日程が書き込まれていた。
「農家の方も二人だからこちらも二人のローテーションで。予定期間は12日間もあるし、これなら負担も少ないだろう?」
「いいですね。人数がいると心強いですし」
悠真は持参したノートパソコンを開き、その場でシフト表の雛形を作成していった。
「会長、こんな感じでどうでしょう。週末は僕も優先的に入ります。期間中はニ日間出てもらえれば……」
「おっ、見やすいな。流石だ。これならみんな不満も出ないだろう。よし、これで進めよう!」
会長から太鼓判をもらい、悠真は日程表を印刷するために一度店に戻った。
歩き慣れた商店街。数時間前に歩いたエデンベルクの石畳とは対照的な、平和な日差しが降り注ぐ風景。
(パトロールか……こっちでは何も無ければ良いけどな)
自嘲気味に呟きながらも、その役割が自分に馴染んでいるのを悠真は感じていた。
店に戻った悠真は、まず電話機を手に取った。
かける相手は、『佐倉農業機械資材店』の和央さんだ。
「もしもし、和央さん? 悠真です。……ええ、昨日は本当に助かりました。おかげで大仕事が片付きました」
受話器越しに、和央さんの豪快な笑い声が聞こえる。
「そうか! あの『釘打ち機』、役に立ったか?」
「ええ、もう……想像以上に『刺さり』ました。ただ、現場が少し立て込んでいて、泥や砂を被ってしまって。定休日にしっかり分解清掃してからお返ししたいんです。少し返却が遅れても大丈夫でしょうか?」
「おう、構わねえよ! 道具は使ってナンボだ。汚れは働いた証拠。悠真が怪我してなきゃそれでいい」
「すみません、お礼に今度いい酒、持っていきますね」
電話を切った後、悠真は店の片隅にある釘打ち機の箱を愛おしそうに撫でた。魔人の硬い表皮を穿ち、仲間たちの窮地を救った戦友。定休日には、アルテミシアの魔素を綺麗に拭き取ってやろうと決めていた。
十二時ちょうど。シャッターを上げるとほぼ同時だった。
商店街の入り口の方から、「ブォォォォン!」という、この場所には不釣り合いなほど威勢の良いエンジン音が近づいてくる。
「おっはよーございまーす! 悠真さーん、注文の品持ってきましたよー!」
派手なステッカーが貼られた配送車の運転席から飛び出してきたのは、『縁プロダクト』の美紀ちゃんだ。ポニーテールを跳ねさせ、元気よく駆け寄ってくる彼女の腕には、納品書が挟まれたバインダーが抱えられている。
「美紀ちゃん、早いね。まだ開けたばっかりだよ」
「商売はスピードが命ですから! それに、悠真さんから注文をもらった商品『プラのフォークとスプーンとコップ。それからウエットティッシュ、在庫があって良かったです。」
美紀ちゃんは勝手に納得しながら、次々と荷物を店内に運び入れていく。
「はい、これ注文の『抹茶わらび餅ゼリー』二ケース! それから、『宇治抹茶仕立てのしっとりチョコ』一ケースとこれからの暑い季節の栄養補給に缶の『甘酒』をおすすめで持ってきました。もちろん瓶の『ラムネ』も持ってきましたよ。 喉は乾くし、夏場は熱中症対策も大事ですからね!」
彼女の「ついで買い」の提案は、いつも押し付けがましくない。むしろ、悠真が気づかなかった隙間を埋めてくれるような、不思議な説得力がある。
美紀ちゃんは納品を終えると、店内の『地域限定キティちゃん』の ディスプレイ棚に目を留めた。
「あ、これ。悠真さん、前回の仕入れ分が無いじゃないですか! まさか、この商店街でキティちゃんブームが起きてるんですか?」
「……まあ、ちょっと、魔除け(?)に人気でね」
「魔除け!? 新しい売り文句ですね、メモメモ……」
「キティちゃんの在庫はすぐ入らないんで。代わりに『かわいくてちいさい魔物』のグッズはどうですか?人気ですよ」
姪の結衣が早起きしてよく見ているアニメの白いキャラクターだ。
「それは要らないかな」と返事をすると
「また、注文の際はお声がけ下さい」と言い残し、美紀ちゃんが嵐のように去って行った。
店内に残されたのは、整然と積まれた新しい商品と、彼女が残していった熱気だった。
「さて、昼休みには高橋さんのところへ行かないとな。」
悠真はシフト表を折りたたみ、ポケットに入れた。




