第102話 エデンブルグ防衛戦 ①
いよいよWBCが始まりました。更新が滞るかもしれませんがお許しくださいm(_ _)m
紫の霧がエデンベルクの石畳を舐めるように這い、遠く北門の方角からは地響きのような地鳴りが響いてくる。悠真はリリエッタとゼノスを促し、全速力で「おみやげのながもり」へと駆け込んだ。
電源を入れた「ピローン」という自動ドアの音が、この切迫した異世界において、唯一の「日常」を告げる福音のように響く。
「二人とも、これを飲んで。少しは落ち着くはずだ」
悠真は冷蔵ケースから冷えたペットボトルのデカ○タCを取り出し、二人に手渡した。リリエッタは戸惑いながらもキャップを開け、一口飲むと、その清涼感に目を見開いた。
「……ちょっとすっぱいけど、甘くてシュワシュワする。魔力が溜まっていくみたい……」
その隙に、悠真は店の奥へ駆け込み、固定電話の受話器を掴んだ。
「もしもし、母さん? ……ああ、うん。ちょっと仕事が立て込んでてさ。今夜は夕食いらない。遅くなるから、先に寝てて。……大丈夫だって、ただの棚卸しだよ。じゃあね」
受話器を置くと、悠真は棚の隅にあった自分用の「カリ梅」の袋を引きちぎり、一粒を口に放り込んだ。
「……っ!!」
強烈な酸味と塩気が脳を直接殴りつける。
「頭がスッキリしたと思ったら、すごい酸っぱい!口の中が爆発したみたい!」と思わず叫んだ悠真に、ゼノスが短剣の柄を握り直して警戒する。「おい、ユウマ! 毒か!? 刺客か!?」
「いや、気付け薬みたいなもんだ。……よし、目が覚めた」
悠真はカウンターの裏から、エレンミアが「魔猫」と呼んだ『地域限定キティちゃん』のストラップが詰まった箱を引っ張り出した。
「あった、確かに55個。……それと、これも持っていくぞ」
悠真は迷いなく店の商品を三輪カートに積込んでいった。高カロリーで保存の利く「一口ようかん」、腹持ちの良い「手焼きせんべい」。
そして、今回の隠し玉――和央さんの店で「何かに使えるかも」と無理を言って仕入れてきたプロ用の道具たちだ。
・熊よけスプレー ・・・1ダース。
・カラス避けの高出力レーザーポインター・・・2個
そして、和央さんが「危ねえから気をつけて使えよ」と貸してくれた
・充電式電動釘打ち機と予備バッテリー
・専用の鋼鉄釘の大箱・・・5個
悠真は草刈り用の防護ゴーグルを装着し、釘打ち機を腰に固定するために刈払機用の肩掛けベルトをタスキ掛けにした。その姿は、お土産屋の店主というよりは、異世界の重装歩兵のようだった。
「よし、忘れ物はないか……」
ふとカウンターを見ると、一つだけ、棚の隙間に落ちていた『キティちゃんのヘアピン』があった。
悠真はそれを拾い上げると、まだデカ○タCを飲んで呆然としているリリエッタの元へ歩み寄った。
「リリエッタ、これ」
「えっ、あ……」
悠真は彼女の銀髪に、そっと赤いリボンの猫を差し込んだ。
「お守りだよ……」
「……バ、バカ。こんな時に何を……」
リリエッタは顔を真っ赤にしながらも、髪に触れたキティちゃんを外そうとはしなかった。
「ゼノス、これ食え。気合が入るぞ」
悠真がカリ梅を一粒放ると、ゼノスは器用に口で受け止めた。
「……っぐ!? ぬおおおお! 口の中で雷が落ちたような味がするぞ! だが……悪くねえ! 体の芯が熱くなってきたぜ!」
「準備完了だ。行くぞ!」
再びエデンベルクの喧騒の中へ。
三輪カートは、和央さんの店で買った防急資材を追加され、さらに重さを増していたが、悠真の足取りは驚くほど軽かった。
その頃、北門近くの宿屋『守護の炎』。
食堂は臨時の救護所と化していた。
「シスター! 湯気が足りないわ、もっとお湯を沸かして!」
奏多がエプロンを血に染めながら、巨大な鍋で薬草を煮出していた。
「カナタさん、和牛の端材でスープを作りました! 負傷者に飲ませます!」
玲奈とゼノスの妻たちが、悠真が持ち込んだ食材を使い、必死に炊き出しを行っている。
窓の外では、ギルドの重装戦士たちが紫の霧を相手に盾を並べていた。奏多は包丁を握り直し、窓の外を睨む。
「……悠真さん。あんたの持ってきた食材が、こいつらの命を繋いでる。こいつらは死なせやしねえからな」
ギルドビルに戻った悠真たちを、エレンミアが待ち構えていた。
「来たか、小僧。魔猫は揃っておるな?」
「はい、55個あります。これ、どうすればいいんですか?」
エレンミアは箱からストラップを一つ取り出し、その小さな額を指先で弾いた。
「この意匠は、多次元的な『門』を象徴しておる。この55個を、迷宮入り口の『五芒星』の形に配置する。リリエッタ、お前の魔力でこれを共鳴させ、結界の『釘』にするのじゃ」
「ゼノス、ユウマ。おぬしたちは、この資材を使って先ずは北門の入り口に防壁を築け。」
「了解だ!」
北門が開く。
そこには、日本の夜景とは正反対の、地獄のような光景が広がっていた。




