勉強と進路の悩み
そんなある日の授業中。
静まり返った教室に、ペンがホワイトボードを走る「キュッ、キュッ」という音が響く。数学の先生が、迷いなく長い数式を書き並べていく。
「ここを因数分解すると――こうなる」
先生の低く通る声とともに、黒板に並んでいく「x²+ax+b」の文字列。クラスの誰かがシャーペンを走らせるカリカリという音が混じる。
俺は、ノートを開いたまま、シャーペンを指先でクルクルと回していた。芯の先がカツンと机に当たる。
また因数分解だ、、、
これ、本当に必要なのか?
昨日の夜も、同じことを考えていた。布団に潜りながら、天井をにらんで。
「俺、なんでこんなに勉強してんだろ……?」
「将来、これが役に立つのか?」
頭の中にそんな疑問がもやのように広がって、答えが出ないまま朝を迎えたのだ。
放課後。
チャイムが鳴ると同時に生徒たちの声が一気に教室にあふれ出す。そのざわめきの中で、俺は隣の席のケンジに身を乗り出した。
「なぁ、ケンジ……因数分解ってさ、大人になったら使う?」
俺が真剣に聞くと、ケンジはカバンに教科書を突っ込みながら、間抜けそうに「は?」と顔を上げた。
「またそれかよ。知らねーよ、そんなの」
呆れたように言いながらも、ケンジはニヤニヤしている。
「だよなぁ……。でもさ、大人って本当に俺らの勉強全部わかってんのかな?」
ぼやくように言った俺に、ケンジは肩をすくめて笑った。
「はっ! うちの親なんか九九怪しいぞ。七の段とか絶対詰まるからな」
その瞬間、思わず吹き出した。俺もケンジも机に突っ伏して笑い転げる。
「九九すら危ういってヤバいだろ!」
「だろ? 大人なんてそんなもんだって」
二人でゲラゲラ笑った。だけど、笑いの余韻が消えると、胸の奥のもやもやはまだ晴れていなかった。
高校、大学に行く意味。
テストの点数に追われる日々の先に、本当に「大人になる」っていうことが待っているのか。
大人になるって、どういうことなんだろう。
俺はペンをくるくる回しながら、つい口から漏らしてしまった。
「俺たち、なんのために勉強してんだろ」
その言葉に、ケンジがふいに手を止めた。ふざけていた顔が、少しだけ真剣なものに変わる。
「さぁな……」
珍しく低い声だった。
そして、ニヤッと口角を上げて付け加える。
「でもさ、、、お前がサキちゃんと付き合いたいなら、勉強できた方がかっこよくね?」
「そ、それかよ!」
俺は即座に突っ込む。耳まで真っ赤になっているのが自分でもわかった。
ケンジは腹を抱えて笑う。だけど俺の胸の中では、なんだか妙に納得してしまった自分もいた。
サキと話すときに、バカにされたくない。
「勉強できる男子」って、やっぱりちょっとかっこいい。
心のどこかで、そんな気持ちを否定できなかった。




