2人の成長
夏が過ぎ、蝉の声が消えると、校舎の廊下にはポスターとペンキの匂いが充満し始めた。
文化祭の準備が始まったのだ。
俺のクラスの出し物は「お化け屋敷」。
最初は「正直ダルいな」と思ったが、次第に教室の空気が熱を帯びていくのを感じて、自然と体が動いていた。
「ほら、もっと暗幕引っ張って!」
「ペンキはそこに置いちゃダメ!」
クラスメイトたちの声が飛び交い、体育館や教室は戦場のように騒がしい。
そんな中、俺に割り振られたのは進行リーダーの補佐。
「お前、人に指示するの苦手そうだよな」なんて笑われたが、意外にも悪くなかった。
仲間が一つの目標に向かって動くのを間近で見ると、剣道の試合とは違う“チームの鼓動”みたいなものを感じた。
サキは広報係。クラスの宣伝ポスターやチラシを作っていた。
「どうかな、これ」
休み時間、ポスターを抱えてやってきたサキは、手の指先まで絵の具で汚れていた。
描かれた骸骨やお化けたちは、どこか愛嬌があって怖さよりも可愛さが勝っている。
「……いや、これ全然怖くねぇだろ」
そう指摘すると、サキはむっとして腕を組んだ。
「だって、ただ怖いだけじゃつまらないでしょ。ちょっと笑えて、でもちょっとドキッとする方が記憶に残るんだよ」
その真剣な瞳に、不意を突かれた。
サキって、こんなに考えてやってたんだ。
胸の奥がじんわり熱くなった。
準備は楽しいことばかりじゃなかった。
リーダーと意見がぶつかり、思わず語気を荒げてしまうこともあった。
「なんでそんなに急かすんだよ! もう少し余裕持って進めりゃいいだろ!」
「時間がないから言ってるんだろ!」
教室の空気が凍りつく。
そんなとき、サキがそっと俺の袖を引いた。
「……あんたの言いたいこともわかるけど、みんなの前で言ったら雰囲気悪くなるだけだよ」
小声でそう言ってくれる。
悔しいけど正しかった。俺は深呼吸して、頭を下げた。
「……ごめん。言い方が悪かった」
その瞬間、緊張していた空気が少しずつほぐれていくのを感じた。
もしサキがいなかったら、きっと俺は突っ走って仲間を失っていた。
彼女がいてくれることの大きさを、改めて実感した。
そして迎えた文化祭当日。
お化け屋敷の前には、想像以上に長い行列ができていた。
悲鳴と笑い声が交互に響き渡る。
「すげぇ! 大成功じゃん!」
クラスの仲間が歓声を上げる。俺も自然と笑みがこぼれた。
忙しい合間に、サキと視線が合う。
彼女はポスターの前で、胸を張っていた。
「見てみなよ、あの子たち。ポスター見て入ってくれたんだって!」
得意げな笑顔に、俺は心から「すげぇな」と言った。
サキの頬が少し赤く染まった。
文化祭が終わった後、夕暮れの校舎の屋上に二人で抜け出した。
夕焼けが街をオレンジに染め、まだ賑わいの余韻がグラウンドから聞こえてくる。
「なんかさ」
サキがぽつりと言った。
「こうしてみんなで何か作り上げるのって、すごいね。大変だったけど……すっごく楽しかった」
「……あぁ。俺も。剣道の勝ち負けとは違うけど、なんか胸が熱くなった」
しばらく沈黙。風が頬を撫でる。
そして、サキがふっと笑った。
「ねぇ、私たちって……ちょっとずつだけど、大人になってるのかな」
「……そうだな。少なくとも、去年の俺なら今日のこと、絶対うまくやれなかった」
その言葉にサキは「ふふ」と笑って、俺の肩に頭を預けた。
胸の奥がじんわり熱くなる。
これが、青春なんだ。
夜空に文化祭の花火が上がり、色とりどりの光が二人の影を並べて照らした。




