高校生活は素人です
桜が満開になる少し前、まだ風が冷たい朝。
新しい制服の襟にまだ慣れず、少しぎこちない足取りで俺は校門をくぐった。
ついに始まるんだ。
剣道の特待を辞退して選んだ道。
サキと二人で血の滲むように勉強して勝ち取った、この進学校。
緊張と期待で胸が張り裂けそうになる。
そんな俺の横で、同じ制服に袖を通したサキが、ふわりと笑った。
「似合ってるじゃん。ちょっと大人っぽく見えるよ」
「お、お前こそ……」
思わず言葉を詰まらせた。
スカートの裾からのぞく脚線、風に揺れる髪、そして新しいリボン。
中学のときと同じサキなのに、違う世界に踏み出した姿に、胸がドキリとした。
教室に入ると、周囲は知らない顔ばかり。
頭の良さそうなやつ、物静かなやつ、すでにグループを作りはじめているやつ。
その中で、サキが隣にいることがどれだけ心強いか。
自己紹介の時間。
「趣味は剣道です!」と名乗ると、一瞬ざわめきが走る。
「え、あの大会優勝の……?」と小声が聞こえる。
けれど俺は笑って答えた。
「今は勉強も頑張ります!」
その瞬間、前の席に座っていたサキが小さくガッツポーズをしてくれて、胸の奥が温かくなった。
放課後。
まだ部活に入る前の静かな校舎を歩く。
窓の外には桜並木。花びらが風に舞い、グラウンドの端を淡く染めていた。
「ねぇ、なんか不思議だよね」
サキがぽつりとつぶやいた。
「中学のときは、進路とか受験とか、もうそれしか考えられなかったじゃん。でも今は、未来がいっぱい広がってる気がする」
その言葉に、俺もゆっくり頷く。
「そうだな。ここで頑張れば、大学だって、もっと遠くの世界だって見えるかもしれない」
気づけば、自分の声が震えていた。
不安もある。けど、それ以上にワクワクが大きい。
「でもさ」サキが少し笑いながら続けた。
「一番の楽しみは……これからもあんたと一緒にいられることかな」
その一言に、胸の奥が一気に熱くなる。
「……俺もだよ」
次の日から、早速二人の新しい日常が始まった。
授業のスピードは速く、レベルも高い。油断すると置いていかれる。
「やばい、英語のリスニング全然聞き取れない!」
サキがノートを抱えて焦る。
「大丈夫だ、音読一緒にやろう。毎日続ければ慣れるから」
「……うん!」
机を並べて一緒に勉強する時間は、中学のときと同じ。でも少し違う。
互いの成長を意識しながら、並んで進んでいる実感があった。
もちろん、またケンカもする。
「ちょっと! 居眠りしてんじゃん!」
「いや、目を閉じて内容思い返してただけだって!」
「それはただの寝落ちって言うの!」
図書室で小声の口論を繰り広げるのも、もう二人の日常になりつつあった。
ある日の放課後、校門を出たとき、ふと足を止めた。
沈む夕日が二人を照らし、影が長く伸びる。
「なぁ、サキ」
「ん?」
「俺、ここでまた一本取りたい。剣道の一本みたいに……胸を張れる何かを、この高校生活で」
サキは少し目を細めて笑った。
「じゃあ、私はその横で笑ってるから。……でも私も負けないよ。勉強でも、部活でも、ちゃんと自分の一本取りに行くから」
その言葉が眩しかった。
これから、きっと何度も壁にぶつかる。
でもそのたびに、俺とサキは一緒に乗り越えていける。
春風が二人を包み込み、舞い散る桜が肩に落ちる。
新しい高校生活のはじまり。
不安よりも希望が、胸いっぱいに広がっていた。
これからも、俺とサキの青春は続いていく。




